家計金融資産を「ため込む日本」はどうなるのか
日米比較から見えてきたこと
「締まりやおふくろさん」が家計を支えた
日本の家計の状況は欧米と比較すると極端にいびつである。
どのようにいびつなのか。
政府は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした
新しい資本主義を実現していくため、内閣に新しい資本主義実現本部を設置した。
新しい資本主義の実現に向けて具体的政策を進めるための論議が始まっているが、
本部が作成した日米の家計金融資産を見て驚いた。
出典:内閣官房新しい資本主義実現本部事務局が公表した
「資産所得倍増に関する基礎資料集」
家計金融資産の構図の日米の違いを、さらに分かりやすい数字として見るために抜き出してみた。
日米で比較してみると次のようになる。
日本 | アメリカ | |
現金・預金 | 54.9(%) | 12.8(%) |
債権 | 1.3 | 2.6 |
投資信託 | 4.3 | 13.1 |
上場株式 | 6.1 | 27.5 |
出資金など | 3.8 | 12.8 |
年金 | 7.7 | 26.9 |
保険 | 19.0 | 1.6 |
その他 | 2.9 | 2.7 |
日米で特徴的なものは、現金・預金の割合である。
日本54.9%に対しアメリカは12.8%であり、イギリスは27.2%となっていた。
いかに日本人が現金・預金で家計資産を保っているかがわかる。
日本の家計は、
伝統的に「しまり屋」とも言われてきた主婦(母親)である「おふくろさん」に握られており、
その伝統から抜け出せないのではないかと解説する人もいる。
家計はそのほうが安心・安全だという考えもある。
母親のことを「おふくろ」と呼ぶようになったのは、 鎌倉時代からという。
武家の主婦は一家の財産を入れた袋を管理していたので、
いつしか「御袋様」と呼ばれるようになり
やがて主婦の呼称が「おふくろ」と略され、庶民に広がったという。
稼いでくる主役は主人だが、
家計管理の主役は主婦と言う伝統は手堅い印象があり、決して悪くはない。
日本では、いつの時代でも
「飲む・打つ・買う」(酒を飲み、ギャンブルに狂い、風俗通いをする)が
代表とされた男性の浪費傾向だった。
これに歯止めをかけるのは、一家の家計を握る「おふくろ」の役割でもあった。
明治維新以来、西欧文化と技術革新を追い求めてきた日本人にとって
質実剛健と形容されるような素朴で堅実な手堅さが美徳であった。
こうした文化を創りながら日本は上昇機運に乗り、
ついに世界の経済大国になったことは間違いないだろう。
家計を運用するアメリカとため込む日本
アメリカの家計で目立つのは、
債券・上場株式・投資信託などへの家計金融資産の運用である。
アメリカは合わせて43.2%の比率になる。
日本のそれは、11.7%だから比較にならない。
友人のアメリカ人に訊いたら「確かにカネがあったら株を買うことを考える」という。
筆者の長い間の体験から見ても、
アメリカの株式市場と日本のそれとでは、動く金額も格も違う。
格というのは世界の株式市場、経済全般に及ぼす影響力である。
その背景にある技術革新でアメリカは抜き出ている。
IT産業革命時代とされる21世紀初頭から直近のAI革命まで、
世界のリーダーになってきた実力があればこそ、
アメリカ人は家計資産の運用を株式の投資に目を向けたのではないかと言えるかもしれない。
日本の家計資産の特徴は、年配者ほどため込む構図になっている。
年を重ねるたびに家計資産はいわゆる「貯金」へと傾いていく。
かつて100歳になった金さん、銀さん姉妹に
メディアが「お祝いのお金は何に使いますか?」と訊いたら
「老後に備えて貯金します」と語ったユーモアが期せずして日本人の気持ちを表している。
か細い年金だけでは不安なので、
家計資産をため込んで老後に備えるという発想につながっているからだ。
ため込むと言っても、銀行預金の利子は、限りなくゼロに近い。
最近、ようやく引き上げたと言っても
たかだか年利0.2から0.3%程度である。1
00万円預けて年間2千円から3千円の利子というのでは、
このインフレ時世の中では実質的にマイナスになりかねない。
それでも日本人は老後の生活資金の保有目的でため込んでいく。
40歳代までは子どもの教育費に大きくかかるのだが、
それでも病気や不測の事態に備えた現金・預金の保有はやめられない。
国が示した日本の金融資産の保有状況を見ていると、
日本の少子化と密接な関係にあることを感じさせる。
子どもの教育費に大きな負担を抱え、
それが終わると老後の生活資金に備えてため込む構図は、
子どもを育て家庭を作っていく意欲をそいでおり、
国家の在り方、つまり政策と政治の在り方が問われているように見える。
NISAは成功政策になるだろうか
少額からの投資を行う人のために、2014年1月にスタートした
「少額投資非課税制=NISA(ニーサ)」は、
イギリスのISA(Individual Savings Account=個人貯蓄口座)をモデルにしたもので、
日本版ISAと言われている。NISA(ニーサ・Nippon Individual Savings Account)ということだ。
ため込んでいる家計金融資産を株式市場に呼び込み、
個人資産を市場に吐き出させようという政策である。
株式の運用益(売却益・配当/分配金)を非課税にし、
株式売買への意欲を高めようという狙いのようだ。
筆者の体験から言えば、これで本当に株式市場が活性化するのは疑問である。
理由は、日本では売買する株数が100株単位に規制されており、
早い話、相当なる資本がないと株の売買はできない。
筆者から見るとニーサは、金融機関と裕福層への政策に見えてくる。
アメリカでは1株単位で株の売買ができるので、筆者は実際に1株単位で買っており、
有力な多数のベンチャー企業の3株~10株の株主になっている。
1株が日本円で10万円以上するような有望株がナスダックには多数あるので、
これを数株買ってもそれなりの資金が必要だ。
しかしこれが日本のように100株単位の売買しか認めないのでは、
数百万円から数千万円の資金力がないとできない。
日本では、有力なベンチャー企業が上場してもすでに、
株の多くが金融機関などに保持されていることが多く、それなりの株価になっている。
これを100株単位で買うにはそれ相応の資金力が必要であり、
ニーサで株式市場が活性化するとは思えない。
株は安い時に買って、株価が上がったら売って稼ぐという簡単な投資行動である。
しかし株価は、企業の研究開発力や経営力だけでなく、
世界の産業情勢、技術革新、物流状況と常に連動しており、
国際政治の動きにも敏感に反応する。
その世界情勢を見極めながら株の投資を楽しむ。
それが少額からできるのがアメリカの制度である。
そうした株の世界を熟知して売買し、
しかも利益を出すには相応の体験が必要だしそれには時間がかかる。
筆者は日本のシステムを捨て、アメリカの株売買システムにすべてシフトしてしまった。
20年かかった。
結果は、世界の技術革新に詳しくなり、
世界の成長する企業を見つけて投資する行動につながった。
證券・金融機関はいま、
投資信託などニーサ運用の商品を多数出して
家計金融資産を株式市場に取り込もうとしている。
うまくいくことを祈るばかりだが、定着するには相当な時間がかかるだろう。