コラム

科学技術の発展速度と課題

前回、AIの素人でありながら、おこがましくもAIと人間との共存で思うところに触れた。

私は講演やシンポジウム等、人様の前で話す機会を頂いた折、何度となく投げかけてきた疑問がある。
それは今後どんなスピードで科学技術が進歩し、人はどんな生活を夢見、あるいはどんな不都合を覚悟しなければならないのかと言う事である。
私はこのような時、有名な歴史の場面を想像してみる事がある。
正確な時代考証はご容赦の上、想像を巡らせて頂ければありがたい。

中国の古事を題材にしたもので、人材活用や組織マネジメントの題材としても使われる「項羽と劉邦」の物語は多くの人に知られている。
スーパースターの項羽を、凡庸ではあるが人望の厚い劉邦が破り漢の国を打ち建てる話である。
虞美人や四面楚歌と言った熟語を生んだ内容はともかく二人の英雄が戦った歴史の一部であるが、この戦いの様子を想像してみて欲しい。
ドラマ等でよく目にする、ペナントが何段にも重なったような両軍の旗、弓矢、大小の槍や刀、投石器の様なもの等々による肉弾戦が目に浮かぶのではないだろうか。

一方、同じ中国の歴史で諸葛孔明の活躍で有名な三国志時代、最も有名な場面のひとつに「赤壁の戦い」がある。
最強の曹操軍を圧倒的に劣勢な孫権・劉備の連合軍が破る戦いで、これも多くの映画やドラマで使われているのでご存じの方が多いはず。
改めて、この戦いの様子も想像してみて欲しい。
映画やドラマの残像を重ね、多くの船が登場したり火矢が派手に飛び交う部分を加えてみても項羽と劉邦の戦いから画期的な違いが描けないのではないだろうか。
実際両史実は紀元前後で400年程の隔たりがあるので科学技術は大分進歩しているはずで、生存権に関わる兵器技術であればなおさらである。

一方、日本でも大きな戦いとして戦国時代を終わらせた「関ヶ原の戦い」がある。
これこそ幾度となく映画、ドラマで繰り返し我々の目に留まるので多くの人が同じような戦いの場面を想像できる。
精度の高い時代考証の結果、馬、槍、弓矢、鉄砲、大筒等々実際の戦に使われただろう兵器は漏れなく列挙されているはずだが、少なくとも空を飛ぶ物は無くおぞましい大量破壊兵器の片鱗も無い。

あれから400年ちょっとを経た現代、どうなっただろうか。
兵器は科学の進歩が顕著にかつ衝撃的に現れ易いため不本意ながら例にとっただけなので、ここまでにしたいが、同じ400年とは思えない変化に見えるのは私だけだろうか。

ここで、横軸を積み重なる年数の座標、縦軸を科学技術の進歩の座標としグラフ化をシミュレーションしてみると指数関数的なカーブがほぼ垂直に立ち上がっている近年が見える。
どんな科学技術がそんなグラフ上に乗るのだろうか。
半導体の進歩による通信やAIの飛躍的発展、スーパーコンピューターの何万倍もの性能が期待できる量子コンピューター、細胞の劣化を防ぎ不老不死を夢物語から現実へと近づける可能性のあるライフサイエンス等々。
過去に幾多の作家や漫画家達が天才的能力で作り上げた想像の世界の多くが、現実になりつつある。
さらに今後、指数関数曲線は、凡人の夢想さえ追従できない領域に立ちあがって行くのか。

30年以上前になるが「トータル・リコール」と言う映画に、夢をコントロールするシーンが登場した。
これこそ実現出来れば新しいビジネスになると同僚と話した記憶がある。
もし自分の設定した物語の主人公に毎晩リアルな夢のなかで変身出来れば、昼間の自分の生活が例え辛いものであっても耐えられると考える人の助けとなりそうだからである。
これなどは、結構近未来的に現れそうな気がするが。

科学技術の進歩の多くは人類の福音となり、多くの人を救い続けて行くと信じたいが、不可逆的な点である事の問題も昨今取りざたされている。
直近のアカデミー賞作品賞はじめ多くの賞を独占したクリストファー・ノーラン監督による映画「オッペンハイマー」は原子爆弾の開発の責任者の苦悩や矛盾を描いている。
どう苦悩し矛盾に悩んでみても、一度確立した科学技術は逆回転しない。
(数日前のニュースで、オッペンハイマー氏が終戦の19年後被爆者と面会した時に号泣しながら謝罪した事を通訳者が証言している映像が広島市で見つかった旨の報道がされていた。)
環境問題然り、生命科学然り、進展した科学技術の負の面はこれを使う人類の英知や倫理観でコントロールして行くしかないが、科学技術の進歩とのスピード競争に、政治家に限らず「自国(自分)ファースト」脳を本質的特性として持つ人類が勝てるのか、極めて緊急度の高い課題として今問われているように思う。

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