海外に飛び出せない日本人の若者
年頭から日本を襲った災害ニュース
日本の停滞が言われて久しいと思うような日々です。
2024年の新しい年こそ巻き返しに転じる年にしたいと思っているところに、
災害と重大事故が年頭から発生しました。
能登大地震と羽田空港滑走路での日航旅客機と海保機との衝突炎上事故です。
震度7の地震は、その時、仙台のホテルにいた筆者にもかなりの揺れで伝わり、
スマホで調べると津波警報を躍起となって伝えている大地震でした。
その災害ニュースがテレビ報道を独占しているさなかに、
今度は正月帰省客ラッシュの羽田空港の滑走路で、前代未聞の事故が発生して度肝を抜かれました。
幸い日航機の乗客乗員379人は、全員、脱出して1人の犠牲者も出しませんでしたが、
能登地震の災害地に物資を届けようとした海保機は、5人の痛ましい犠牲者を出しました。
日航機にけが人は出ていますが生命に別状はなく、奇跡の脱出劇でした。
今年こそ反転日本にしたいと意気込んでいた大学人もいますが、
「出鼻をくじかれたような気分でした」と筆者にぼやいた方もいました。
海外から日本に来なくなった留学生
いつ頃から始まったのでしょうか。日本の若者が海外に出たがらなくなったのです。
10年ほど前の話ですが、日本に留学して博士学位を取得し、
帰国した中国の北京大学、清華大学の先生と話をしていると、
中国人のエリート学生は、日本へ留学したがらなくなったとの話を聞いて寂しく思いました。
中国の大学で1番成績のいい学生は、戦後まもなくからしばらくは
日本の有名大学に留学するのが多かったのです。
それが最近は、1番成績のいい学生はアメリカへ、2番目はヨーロッパへ、
3番目は日本という順序になり、やがて3番目は日本へは行かず
仕方ないからと中国の大学に残るというのです。
かつて日本の大学で研究して学位を取った中国人エリートは、
日本へは魅力を感じなくなってきた最近の中国人学生の傾向に、
日本人以上に寂しい思いをするというのです。
日本人学生も海外への留学をしなくなってきました。
日本・中国・韓国の2000年から2021年までの21年間に、
海外留学をしなくなった国は日本だけです。
2020年にアメリカの科学系分野の大学や大学院に留学した学生数は、
下記の表の通りです。
【アメリカの大学の科学系分野への留学生数】
中国 | 47,760 |
韓国 | 5,530 |
台湾 | 1,870 |
日本 |
1,770 |
【アメリカの科学系大学院への留学生数】
中国 | 68,290 |
韓国 | 6,310 |
台湾 | 4,170 |
日本 | 900 |
出典:アメリカNSF (National Science Foundation)
英語力の不足が招いた結果なのか
なぜこうなったのか。科学技術分野の論文・文献は、英語で標準化されています。
英語以外の言葉で論文を書いても、世界で読む人は限られており、
オリジナルとはならないのです。
科学系の留学先としてもっとも人気が高いのは、学術レベルが高く
同時に英語をマスターすることもできるアメリカ留学が必然的に浮かび上がってきます。
日本人の若者がアメリカ留学に行かなくなった理由は、
単純に行く必要がなくなったからでしょう。
英語ができなければ、文献も読めないし学問をマスターできないというのは事実ですが、
時代と共に機械的に自動翻訳する機能が発達して英文は日本語になります。
ネットの発展によって、瞬時に時間と距離はなくなり、
新たな知見はネットで発表と同時に世界中に知れ渡り、
知見のプライオリティは主張できるのです。
これからは翻訳機能が大ブレークすることは確実であり、
外国人と機械通訳で会話をすることも不自由なくできる時代になるでしょう。
しかし、学問・研究の世界はまったく別です。
研究は日常的な人とのつながりや研究コミュニケーションによって発展する要素が広く、
研究機関の組織や人とのつながりによって個人の能力を大きく左右するからです。
若い時代にそのような環境とレベルの中で研究に没頭することで、
自分の能力を飛躍的に向上させることは、先人の研究者が証明しています。
ほとんどの日本の研究者が、日本の若者に海外留学を進める理由はそこにあるのです。
1,000人の国費留学を提案した安西先生
筆者が主宰する認定NPO法人21世紀構想研究会の創設25周年記念イベントとして
昨年1年間に開催したシンポジウムの締めくくりのセッションで、
元中央教育審議会会長だった安西祐一郎先生が、
博士課程の大学院生を毎年1,000人、国費で世界各国に留学する政策があるべきだと提案して
びっくりさせました。
安西先生の提案は次のようなものでした。
* 博士課程の学生は、毎年1万5,000人くらい入学します。
このうち1,000人を国費留学生として海外に派遣する。
1,000人を派遣すると生活費や旅費などで毎年1,000万円ほどかかる。
さらに留学先から戻ってきたときの保証が必要なので、大学などでパーマネントポジションを保証する。
* そのためには大学に対して環境を整えるための予算をつける。
これを1人あたり2,000万円とする。1人の留学生に計3,000万円かかる。
3,000万円を1,000人に出すと年間300億必要です。
博士課程を5年として総計1,500億円必要になる。
* これを日本の国費で手当てできないかといったら、できるに決まっている。
やるかやらないかの問題だ。
日本の将来を考えて、若い世代のリーダーを育てていくつもりがあるかどうかということで
決まるということだ。
この提案を聴いていた会場の人々は、みな驚きと共に共感を覚えて
うなずいている人が多数いました。
固定化社会から科学は生まれない
安西先生の主張は続きました。
「日本は明治維新から155年、終戦から78年になります。
しかし日本の政治、行政、大学、教育などいろいろな分野で自分の利益に固執し
自由闊達な環境づくりとはほど遠い方向に行ってしまった。
一言でいえば岩盤のように固定化してしまったのではないかと思います。
固定化した岩盤からは、科学の精神は生まれないということだと思います。」
現代はあらゆる面が多極化し、経済はグローバル化し、社会は多様化しています。
AI・ITの急進的な進展によって、フェイク情報が蔓延し、
真偽を見分けることが難しい時代になっています。
その中で日本の科学技術政策について安西先生は、
「国内に目配りをして、国内のバランスをいかに取るかという一種のパッチワーク、
弥縫策でやってきたのではないか。
これで、社会の変化を乗り切っていけない。
少子化の時代にイノベーションを起こしていくことは、
現状ではほとんど不可能ではないかなと見ております」と主張しました。
全くその通りです。教育は未来に投資するものです。
5年間1,500億円の投資をすることで、日本の未来構築には安いものではないでしょうか。
先の国会で岸田文雄首相は、
日本は米国製の巡航ミサイル「トマホーク」を
アメリカから400発の購入を計画している」と明かしました。
5年間で5兆円で購入するもので、予算を用意すると言います。
防衛は大事ですが、未来の国作りはもっと大事なことではないかと思います。
防衛費の一部をちょっとだけ削って未来の人材育成のために思い切って使うという発想がなければ、
日本はじり貧国家になって行くでしょう。