時間...「100年カレンダー」の教え
私が知的財産部で部長としての仕事を始めた頃、全員を前に失礼な事を言った事がある。
「このオフィスの中のハエならば箸で簡単に捕まえられる。」
何を言っているんだろうと訝しげな表情で聞いていた彼らにこう説明した。
「ここの空気はそれ程ゆっくり流れているように見える。
つまり仕事の流れがそれ程遅いと言う事。
結婚届を市役所に出しに行ったら、『3か月後までには受理できます。』 と言われたらどう思う?
もっと早く動いて欲しい」
もっとも彼らだけが遅いわけでなく、知財の仕事は各国特許庁による審査期間の長さ、権利行使までのスピード等構造的な律速条件が縛りになって、何かだけを早くすれば良いというものでもない事は承知の上での発言であった。
知財部員としてその空気感に慣れていたはずの私も、知財部長就任前に色々な経験をしており、より敏感になったスピードへの感性がそんな事を言わせたのかもしれない。
スピード感に関し、元来せっかちな私が目を丸くした出来事がふたつ心に残っている。
2つとも私が知財部外で、あるプロジェクトリーダーをしていた時の事である。
最初の事案は人事システムの再構築企画を議論していた時の事。
重要なプロジェクトだったので、関係部署が集まり担当副社長の前で報告を行っていた。
そこで副社長がある事項に対して、人事担当者に説明を求めた。
当の人事担当者が、こんな時きっとどの場面でもどこの部署でも上手くかわす決まり文句になっていただろう回答をした。
「精査します。少しお時間下さい。」
副社長の質問が統計的な数値の見直しを必要としそうな物だったので、日にち跨ぎ覚悟の自然なレスポンスと誰もが思った筈。
これに対しての副社長の一言に皆が一瞬凍り付いた。
「時間?いいよ、15分ね。」
穏やかで人格者の一言だけにすぐに会議体は平静を取り戻したが、私にはかなり厳しい15分宣言に思えて心に反響し続けた。
次の事案はもっと目を丸くした経験である。
事はルーマニア第3の都市ブラショフで起こった。
ある国際団体の会長をしていた副社長(上記の方とは別)にサポート隊のリーダーとしてお供した時の事。
それは初日の本会議後のガラ・ディナー(歓迎イベントを含むディナー)で起こった。
翌日、2日間にわたる会議の会長最終挨拶を副社長が日本語でする事になっていた。
その為に日本から同時通訳者の同行もお願いしていた。
そこまでの順調な推移に安堵しながら、折角なのでルーマニア伝統の踊りを楽しみながらディナーに舌つづみでも打とうかとした時、2席程離れた位置に座っていた副社長から伝言が届いた。
「明日の締めくくりの挨拶は英語でやりたい!」と。
私は瞬時にその晩の睡眠は諦め、直ぐ横に居た部下とディナー後の段取りの話を始めた。
まず会議の流れと関係者の発言(翌日分は推測)を受けて会長としての締めくくりにふさわしい挨拶内容の策定。
その後の翻訳作業の手順。
ディナー後すぐに私の部屋で作業を始める事。
仕上がった原稿は夜明け前には副社長の部屋のドアの下から投げ込んで置き、訂正時間を少しでも確保する事等。
普通に考えればその場で出来る事はせいぜいそこまでの筈だが、それでも気が急いた私は手元にあったナプキンに手書きで挨拶の英文ドラフトを始めた。
歓迎イベントも最高潮の頃、食事もせずに何かこそこそと動いている私に気づいたのか副社長から伝言が届いた。
「それは後で良いから食事をしなさい」ではなく「出来たところまで見せてごらん」だった。
普通この状況下でそこまではしないだろう迅速な動きをしたはずだった私も一瞬目を丸くする驚愕のスピード感。
ブラショフの夜は不眠の一夜になったが、なぜか心地よい思い出として残っている。
どちらも瞬間風速的経験だが、限られた時間に対し、スピードで向き合う姿勢を教えてくれた。
一風変わった冒頭の部下への指示も、こんなエピソードから担保された私の時間とスピードへの志向からでたものである。
この時間とスピード、どちらを優先的に意識すれば良いのか。
簡単なのはスピードだが、私には時間(その有限性)の実感が遥かに重要と思える。
なぜか。
スピードへの動機付けである時間の有限性の意識は誰もが当たり前に持っているが故に、却って身につまされる程は実感しにくくなっているからである。
それならば、「時間の有限性の実感」はどんな方法で伝えれば良いのか。
最後に、私が事あるごとに使った手段(例えば、クリスマスパーティーは9月中に終わらせよう!そして1年の仕事を3/4で終わらせ、1/4ものボーナス時間を得よう!的な実感手法等)の基本設計の参考とさせて頂いた事案を紹介する。
伊那食品工業会長の塚越寛氏が、今年6月29日に88歳で他界された。
同社を日本トップの寒天食品メーカーに育て上げた塚越会長の講演を拝聴した私が衝撃を受けた要旨は次の通りである。
塚越氏が新入社員にまずさせたのは、「100年カレンダー」を作る事。
その上で自分の命日に〇を付けさせるというものであった。
新入社員は否応なしに自分の限られた人生、時間をビジュアルに実感する事になる。
人は必ず来る自分の死さえ観念的に捉えていてどこか他人事に感じてしまうもの。
若い新入社員が、自分の時間についての有限性を切に実感できる様に工夫した指導である。
彼の会社では、(有限の)体が動くうちはそれを使わなければ勿体ないとばかりに、殆どの人はエレベーターさえ使わないという効果事象も紹介もしてくれた。
改めてご冥福をお祈りするとともに、このエピソードを色々な場面で使わせて頂いた事に深謝したい。

