コラム

インテリジェンスの毒、テントウ虫ビジネスへの誘い

ある日、部屋の片隅でテントウ虫を見つける。
いつもの様にそっと摘まんで逃がしてあげようとしたあなたは、テントウ虫にしては少し重い事に違和感を覚えた・・・・

 

高市政権下では、安全保障関連法制の整備が進められている。
そのうちのひとつが日本のインテリジェンス機能の強化に関わるものである。
インテリジェンスは大きく諜報と防諜に分けられ、日本ではまず、国民の抵抗感が比較的小さい防諜(カウンターインテリジェンス)の法整備が先行して進められている。
産業スパイも含めて日本を害するスパイ活動を防ぐ能力を上げる為のものである。
一般に、諜報と防諜はセットになっている。
アメリカでは対外機能のCIAと国内機能のFBI、英国ではMI6とMI5、イスラエルではMossadとShin Betが、いわば車の両輪として機能している。
日本でも防諜機能の強化に続き、政府の目論み通り対外諜報機能も整備されて行く事になるのだろう。

情報組織の中でも最も有名なスパイ機関がソ連のKGB(現ロシアの対外情報庁SVR等の前身)である。
CIAのライバル機関として映画やニュース等でしばしば取り上げられて来た組織でお馴染みの人も多いだろう。
スマートな情報収集からは程遠い破壊工作などのイメージが付きまとうソ連国民監視機能の側面も強く持った組織である。

前号でも登場したミハエル・ゴルバチョフ氏(ソ連最後の共産党書記長で、ソ連初代大統領)の回顧録(書き物だったのかインタビューだったのか?)で知った事実が忘れられない。

当時のソ連のトップは共産党書記長であり、鉄のカーテンの向こう側と呼ばれたソ連と衛星国家の皇帝的存在であった。
書記長は終身職に近く、死去の際には葬儀委員長が次期書記長候補として有力視されることが多かったため、葬儀での立ち位置や周辺の動きは西側諸国からも注目された。

彼が語ってくれたのは国民監視体制の凄さだった。
彼自身が監視対象の様だったので、一般国民の監視と言うよりはライバルによる政敵の監視と言う方が妥当かもしれない。
彼がトップつまり書記長を目指したのは、前々任のアンドロポフ書記長の時だと言われている。
異様なのはそれを妻のライサ夫人に打ち明けた状況である。
既に彼は最高幹部の政治局員の座にあったはずだが、盗聴を恐れて、散歩(クレムリンの傍に懸かるどこかの橋の上と記憶しているが)を装い書記長を目指す旨、初めて妻に打ち明けたとの事であった。
その時の彼のポジションは、KGBに限らずどんな行政機関からもアンタッチャブルで、彼らを意のままに動かせるような高位だったのに、クレムリンの執務室どころかプライベートなはずの自宅でさえ盗聴を恐れ、リスクを生じ兼ねない意思表示がはばかられる国の監視網の凄さに感心さえ覚えた。

私は、知財活動も一種の情報戦と捉え、各所で講演や講義をさせて貰った。
企業活動でも情報を制する者が戦いを制すると確信して来たからである。
増してや国家間に於いては、情報力の差が決定的な競争力の差を生む事は明白なはず。
圧倒的な軍事力を持ちえない日本において、インテリジェンス強化の議論が今更始まったのはこれまでの政治の怠慢にしか思えない。

少し前、テレビドラマ『VIVANT』をきっかけに、既に自衛隊の中には「別班」と呼ばれる秘密の特殊情報組織が有るとか無いとか話題になった事があった。
もっとも、その存在については、自衛隊元統合幕僚長の河野克俊氏が明確に否定している。
従ってインテリジェンスの強化は安全保障上の国の最重要課題のひとつで有る事は間違いなく、可及的速やかに規模においても現安全保障環境に十分対応できる物にして欲しい。

ただし、インテリジェンスの強化が国民のプライバシーを過度に侵害したり、政治的利用によって権力の偏りを招いたりするのではないかという懸念の声には、丁寧に応えながら進めるべきだろう。
人は力を持つと使いたくなる動物と言われている。
武器のようなハードパワーよりも目立たずに使い易いソフトパワーのインテリジェンスだからこそ、為政者への厳しく明確な歯止めを求めたい。
衝突よりも融和的妥協、明示的変更よりもなし崩し的解釈変更が得意な国民性だからこそ、議論の入り口をしっかり固めた上で一気呵成に進む事を期待したい。

個人的には国家による暴走よりは、インテリジェンスにまつわる道具の悪用を心配する。
偵察衛星、通信傍受、監視カメラ、盗聴技術等がAIにより飛躍的に発展して行く事は避けられず国家間の情報戦は熾烈さを増すだろう。
ただ我々には、そのレベルに巻き込まれる程インテリジェンス対象としての価値は無い。
国家レベルのハッカーが、その気になれば簡単にハッキング可能な個人資産をコスパの観点からか相手にしないのと同じ理屈である。
ところが、セキュリティーが少し緩い家庭の見守りカメラレベルになると、興味本位でのハッキングがなされ、既に映像流出事件に繋がっている。
AI、フィジカルAI、通信技術だけでなく駆動技術の小型化やエネルギーの高密度化技術が急速に発展する今日、可笑しくも荒唐無稽では無い近未来の心配をひとつ。

 

冒頭のテントウ虫、よく観察してみると生物ではなく自律型の通信ロボット。
何日間にもわたって家の隅々の映像と、家族の会話を誰かに送り続けていた事に戦慄する。
こんなテントウ虫ロボットを作るベンチャーが現れないとは限らないし、カウンターインテリジェンス的にテントウ虫ロボット侵入妨害の為のAI“虫コナーズ”なる軒下つるし型の防御装置を作るベンチャーが現れないとも限らない。
願わくは、どちらも現れない事を。

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