コラム

人は見た目が全てか?

「人は見かけによらない」
少し古いニュアンスを纏いながら今でもよく使われているフレーズ。
見かけ以上の徳のある行動をする人や見かけ以上の事が出来る人、その逆も然りである。
いずれにせよこのフレーズの裏には「人は見かけ通り」が厳然と存在し、『人は見た目が9割』的な著作物も世に出ていて私はこちらに共感する。

肉食動物は獰猛な顔をしているのに対し草食動物は優しい顔をしている。
鳥類でも然り、猛禽類は鋭く怖い顔をしているが、木の実をついばんでいる小鳥たちはとても愛らしい。
見た目が先か生態や仕草からのイメージが先かは分からないが、これらは見た目通りをそのまま体現しているものだろう。

それでは人はどうか。
状況に応じて強面になったり仏顔になったり、同じ人でもバリエーションに富むことはあっても見た目と本質の繋がりは容易に断ち切れないように見える。

見た目にまつわる記憶の中でまず浮かんでくるのは、旧ソ連最後の書記長を経て最初の大統領となったミハエル・ゴルバチョフ氏である。
1991年にソ連の国家元首として初めて来日した時の事。
ゴルバチョフ氏の笑みをたたえた爽やかな顔は今でも鮮やかな映像として私の中に残っている。
睡眠も十分ではないだろう来日直後の彼の目は、何とも言えない輝きで強い意志を感じさせるだけでなく、包容力や慈愛に満ちているように見え、これこそ世界の指導者の顔かと驚嘆させられた。
もしその時の映像が見られるようであれば、現在の指導者達と見比べて欲しい。

権威付けの為なのかいつも不機嫌な仏頂面の者、倫理観欠如の発言故か品性に疑問を抱かせる者、マウントを取る手段は遅刻とばかりに平気で人を待たせほぼ無表情で登場する者と比べて、見た目が何を物語っているのか考察してみてはどうだろうか。
因みにゴルバチョフ氏はペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)を原動力に、立ち行かなくなりつつあったソ連を変えようとしたリーダーである。
1991年末のソ連崩壊とその後の混乱について、責任を問う評価を受ける事もあるが、結果的には自国の弱体化と引き換えに米ソの冷戦を終わらせた立役者だと私は評価している。

自分の経験としては、二人の対照的人物と対峙した事も思い出深い。
これは本業の特許の係争に絡んだものである。
アメリカの個人発明家の特許が産業界の脅威となった事案があり、主なターゲットは自動車や家電等世界の大規模なビジネスであった。
内容の詳細は省くが、かなり特殊な経緯で成立した特許で、戦うべき権利の輪郭も見えにくい物であった。
殆どの業界、企業が何らかの経済的コスト(和解金)を払ってこの事案から手を引く中、最後まで戦ったのがトヨタ自動車であり、その最前線を担わせて貰った。
何回にもわたる交渉の中で特に思い出に残っているのは、豪華ホテルのような相手弁護士の別荘でのものである。
コロラドの高級リゾート地アスペンにあったその別荘は、広大な敷地にシベリアンハスキーが何頭か放し飼いにされており、豪華な浴室なども遮蔽物が必要ない程眼下の町を遠くに見下ろしていた。
どんなVIPとの会合も可能なレベルと見えたその別荘を所有するには、よほどの稼ぎが必要な事は一目瞭然であった。

物語風に書くと、ここで登場するのが、別荘の所有者である強欲弁護士と、彼に利用されているようにしか見えなかった個人発明家である。
特許権者であるこの発明家は誠実な人柄を隠し切れず、こちらの戦術的な突っ込みにしばしば正直に答えようとした。
その都度、不利な状況を作らせまいと、強欲弁護士は慌てて発明家の発言を遮り交渉の流れをはぐらかした上、しまいには口角泡を飛ばし、机をたたきながらまくし立てた。
「これ以上埒が開かないようならホワイトハウスを動かしてやる!」と。
立ち振る舞いも誠実さも対照的な二人を形容すると、見た通りの肉食動物と草食動物であった。
交渉後の熱気もクールダウンした別れ際に撮った写真が残っている。
比較的フレンドリーに「良いお顔」で撮ったその写真。
今見返しても、見た目は肉食動物と草食動物のままである。

さらなる事例を並べる事は憚られるが、有難い事に、私は直感的な見た目の評価に助けられた事は有っても大きく裏切られた記憶は無い。
従って、それ(直観力)を鍛えておく事は、自分の助けになると思うが、どう鍛えたら良いのか。
人間観察は有効な一手段ではないだろうか。
見知らぬ人をプロファイリングするのも良いだろうし、著名人をテレビ越しに定点観察するのも悪くない。
小さな情報の積み重ねが直観力を鍛えてくれるだろう。
公共交通機関の中で観察すると殆どの人がスマホをのぞき込んでいて、周囲の人はおろか景色さえ見ていない。
私には、勿体ない機会損失に思えて仕方ない。

11年目の結婚記念日、近所のケーキ屋さんに「11th Anniversary Love Forever」 なる気取ったメッセージをチョコペンで書いたケーキをお願いした事があった。
その日はたまたま歯の治療と重なり歯医者から直接引き取りに行った。
会社帰りのスーツ姿、すこし恰好をつけて引き取ってきた。
車で帰る途中、治療の麻酔が消えるにつれ口の周りに違和感が広がったのでミラーで確認し愕然とした。
プラ状の治療カスが白く点々と飛散した間の抜けた顔がそこにあった。
歯医者から慌ててケーキ屋に直行したとはいえ、こんなコントのような顔で「11th Anniversary Love Forever」ケーキをすまして受け取ったのか。
吹き出しもせず対応してくれた若い女性店員さん達にはどう映ったのか。
あの時も自分の外観にはそれなりに気を配ろうと思っていたはず。
このコラム作成を改めて気を引き締めるきっかけにしたい。

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