コラム

褒め方とマジック

私の子供の頃は近所に多くの子供がいて、大体上下2歳程度の範囲が遊び仲間としてその都度の遊びに合わせて集散していた。男女も分かれて遊んでいたと思う。

上下2歳とは言うものの、大体子供の頃は成長過程の特徴からか、年上の仲間に入って背伸びをしたがる傾向があり、年下の輪に入ってくる友達は稀であった。
そんな中で、いつも同年で構成されている私の遊び仲間の輪に入ってくる2歳上の友達がいた。友達であった事は間違いないが、小さい時から乱暴者で、祖母の背中に負われていたころの私は、彼に腕を捻られたりして泣かされた事もあったように聞かされていた。
近所でもそんな様子だったので、若干大人たちからも与太者と思われている節があり、遊びの中で特段意識した事は無かったが少しだけ怖い存在と思える事もあった。
ただ、彼はいたずら坊主というだけではなく、野生での活動能力は抜群で、魚とりやカブト虫などの昆虫とり等は、一緒にやっている我々が、まるで何も出来ないお坊ちゃん集団のように見える程だった。
それ故か、時にいじめられても乱暴に扱われても何かしら一緒に遊んでいたのかもしれない。

ある日、そんな彼との関係、いや彼自身が劇的に変わった。誰かの擦り傷をなめてくれたのか、落としてしまったおやつを自分のおやつで賄ってくれたのか、抜群に強かったメンコやビー玉の遊びに手心を加えてくれたのか、今ではきっかけとなった記憶は定かではないが、彼がとった行動に誰かが言った。「利信君(彼の仮名)って優しいよね。」
たった一言のこの言葉の衝撃を、半世紀を優に超える今でも私は鮮明に思い出す。
その日いやその瞬間から彼の人格が変わったのである。子供に対して人格表現が適切でなければ、少なくとも性格が変わったように見えた。
年下の我々に対して極端に優しくなったのである。
それは180度の変化と言う形容をつけたいほどの変化であった。
元々、心根は優しくても何かの理由でツッパリ続けるしかなかった彼が、本来の優しさを照れずに表現できるきっかけだけだったのか、それともその言葉が「自分は頼られる存在なんだ」と彼の何かを変えたのかは分からない。
子供達の会話の中で「何で変わったの?」とも聞けず、万が一その顛末がその時の仲間の記憶に残っていたとしても、真の理由を聞き出すことは叶わない。
寂しいが、彼だけもうこの世にいないと聞いた。
ただ、今となっては聞くことの出来ないその理由より、重要なのはたった一言のタイミングの良い本音の誉め言葉が、彼の行動を変えたと言う事実と、私にその重要性を学ぶ機会をくれたと言う事実である。

褒めて育てる。
それが全ての子供に常時当てはまるのか、私は教育の専門家ではないので良く分からないが心に刻まれたのはまさにマジック。
もの凄い威力を持った「褒める」と言う武器であった。
その後、青春時代の人間関係や恋愛、企業人としての人材育成等に色々な工夫は自分なりにしたとは思うが、それは一般論としての「褒めの奨め」程度のものであったように思うが、その後次のマジックを体験する事になる。

それは、知財部の中堅として米国の係争を中心戦力と扱っていた頃である。
大変苦しい事案があった。
名だたる企業さえ自ら戦う事を諦めた難しい案件を扱っていた時の事。
相手との何回もの交渉、その為の準備等一連の流れの中で、弁護士との作戦のすり合わせ確認の為、ワシントンDCで一週間缶詰めになったことがあった。
一週間置きに日本とワシントンを往復していたような状況の中である。
事案整理の難しさ、使える判例の抽出、時間的プレッシャーに加え時差が重なり殆ど眠れなかった。
その後、武勇伝的には「一週間で10時間も眠っていない」などと嘯いてみたが、実感としてもそんなものだったように思う。
それに輪をかけて苦しかったのが、原因不明の咳。
夜中の断続的な咳き込みに時差ぼけ、眠れないまま直属の上司に電話かけた。
内容的には話す必要の無い、まさに苦し紛れの電話であった。
真昼間の本社、こんな時間になんだと思っただろうニュアンスの一言
「なに?どうした?」
頭に浮かぶまま、弱気の泣き言も入っていたのかかもしれない取り留めのない報告、と言うよりは多分ぼやき。
その時飛び出したのが私にとっては人生二度目のマジックワード
「お前が出来なかったら世界の誰も出来ないんだ」
何が自分の中に沸いたのか、上司と話した事だけで安心したのか、プライドをくすぐられて
舞い上がったのか、あるいはそれらの混合か。
何かが瞬時に私を変えた。

子供時代の利信君の状況とは違うので、その言葉を誉め言葉と捉えるかどうかは別にして私を一瞬にして蘇らせた上司のフレーズはまさにマジックワードに他ならなかった。
準備してなかっただろう状況で、瞬時にかけてくれたその言葉。
本音レベルと心に染みたからこそ私に蘇るエネルギーを与えてくれたと確信している。
時に多少の脚色はあっても、誉め言葉は本音で使ってこそ人の人生を変える程の力がある事を改めて力説したい。

お元気な時に、その時の思い出話と合わせ心からの感謝をお伝えする機会を持てた事が救いではあるが、残念ながらその恩人にももうお会いする事は叶わない。

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