コラム

IPランドスケープへの期待度

IPランドスケープとは何か
最近、にわかにIPランドスケープ(Intellectual Property landscape)という言葉が知財の世界で話題になっている。
ランドスケープ(landscape)とは、ネット情報の解説によると「風景や景色を構成する諸要素である。ある土地における、資源、環境、歴史などの要素が構築する政治的、経済的、社会的シンボルや空間である」という。

冒頭にIPという言葉が付いているので、大体想像がつく。要するにIPを経営戦略の中の重要要素としてきちんと位置付け、積極的に企業活動に取り組むこということであろう。
取り組む以上、知財の競争力を確保してライバル他社に勝つか、独創的な知財戦略で企業群のなかから抜け出ることがなければ意味はない。

日本経済新聞社の渋谷高広編集委員が「IPランドスケープ経営戦略」(2019年3月、日本経済新聞出版)を世に出し、この言葉と意味を世に広げて日本でも知財を重視する企業文化を根付かせようという狙いだろう。渋谷さんは意欲的な取材活動をしていたのだが、日本の企業経営の中に知財戦略が欠落していることを痛感していたのではないだろうか。

KIT虎ノ門大学院の杉光一成教授もIPランドスケープ論で先導しており、この二人の活動を陰から支援していきたいと筆者は思っている。

2000年代初頭を思い出させる現象
20世紀を目前にした1990年代から2000年にかけて、日本は知財ブームを巻き起こしていた時期があった。1996-8年にかけて、荒井寿光特許庁長官が知財重視経営をしなければ、日本は21世紀に勝ち残れないとするキャンペーンを展開し、企業を説いて回っていた。

筆者はそのころ読売新聞論説委員として技術革新と知財動向を中心に取材活動を行い、執筆・講演活動でその重要性を説いていた。
2001年4月に発足した小泉内閣は、知財重視政策に目覚め、2002年3月には知的財産戦略会議を設置して自ら議長となった。
旧首相官邸で開かれた初会合で小泉首相は、次のように宣言した。
「知的財産の創出、保護と活用は、我が国産業の国際競争力を高め、経済の活性化を実現していくための重要なポイントである。まさに国家戦略として国をあげて取り組むべき課題と考えている。知的財産立国を目指したい」

小泉内閣はその1年後の2003年3月に内閣官房・知的財産戦略推進事務局を設置し、初代事務局長に荒井寿光氏を登用した。
このころ日本は、国をあげて知財戦略に取り組むことを宣言し、行政も企業も大学も知財という言葉であふれていた。この現象を単なる「知財ブーム」とか「知財バブル」と皮肉った人々がおり、筆者も直接「知財バブルじゃないの」と冷やかす言葉をぶつけられたことがあった。
善意に解釈すれば、それだけ注目度があるのだから、いずれ知財文化は根付いていくだろうと考えていた。

1年かけて練り上げて100の提言を出す
荒井氏を代表に約10人の企業、大学、メディアなどの人が集まり「知的財産国家戦略フォーラム」を立ち上げ、知財立国への具体的実現プランとして政策提言を検討した。
2002年5月には「知財立国100の提言 日本再生の切り札」(日刊工業新聞社)として刊行し、各界に配布して啓発していった。あれから20年経とうとしている。

この本を広げてみると次のような柱が見える。
・教育戦略-知財を生み出す人材教育を
・企業戦略-知財を企業収益の柱に
・行政戦略-知財を支援する行政に
・外交戦略-日本の知財権益を守る
・立法戦略-21世紀の知財法体系を作る
・司法戦略-知財訴訟の空洞化に歯止めを

さらに企業戦略のところを見ると次のようなタイトルで具体的な提言をしている。
・ 知財を企業の柱に据える
・ 知財担当役員を置く
・ 知財部門をコストセンターからプロフィットセンターに変える
・ 知財部門にマネジメントの教育をする
・ 知財の評価手法を開発普及する
・ 知財会計を導入する
・ 知財報告書を発表する
・ 企業ブランドを高める
・ 特許や技術ノウハウなどの技術情報を厳格に管理する
・ 外国出願を増やす一社一基本特許運動をする
・ ベンチャー企業の外国出願費用を援助する
・ データの裏付けのある特許を出願する
・ 知財ビジネス産業を振興する
・ 世界中の知財情報を結びつけるサービス産業をつくる
・ 知財ファンドを作る

目次ばかり列挙して恐縮ですが、知財戦略と言えば、このような項目をあげただけでほぼ内容が理解できるだろう。
ここまでくると、今話題になっているIPランドスケープは、すでに20年前に課題としてあげられていたことが分かる。しかし、この20年間、日本の知財文化は、何も進歩しなかった。だから渋谷、杉光氏らが立ち上がったのだろう。

気になるのは、IPランドスケープ推進協議会(http://ip-edu.org/iplsuishin)という団体の発足である。会員に日本を代表するような大手企業が名前が並んでいる。

日本でIPランドスケープが進展するのは結構だが、筆者には違和感がある。政府機関がIPランドスケープ振興のために産業界に働きかけるのはいいとしても、政府がやらないと企業はやらないのだろうか。国の機関の策定文書のどこかに、IPランドスケープの振興が書いていないと、企業は取り組まないのだろうか。

知財戦略とは、誰かに言われてやる経営戦略ではない。まして企業が集まって相談したり情報交換してやるものでもない。そう考えると推進協議会とは何を目的に発足したものか。

IPランドスケープの実現に期待はするが、協議会のような機関を作って実効性があがらないのでは、20年前と同じ苦い結果にならないとも限らない。

企業の知財部は、人材もおり世界の状況はよく分かっているはずだ。問題は経営母体である。トップを始め経営中枢にいる人たちがどれだけ現状を理解し、知財の本質と実際が分かっているのか。期待はするが結果が果たしてついていくかどうか、筆者はまだ疑問視している。

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