新桃太郎メソッド
『僕のお父さんは桃太郎というやつに殺されました』
あたかも子供が書いたような拙い文字。
小さな子供の赤鬼が泣いているイラストにそう添えられていた。
これは2013年、日本新聞協会の『新聞広告クリエーティブコンテスト』で最優秀賞を受賞したものである。
何年経った今でも、それを目にした時乗っていた新幹線の座席位置や混み具合を明確に思い出せる程衝撃のイラストとキャッチコピーだった。
『日経新聞』の何面かに説明なくそれだけ掲載され小さな赤鬼の赤が浮き出ていて、私には何かを訴えかける様に見えた。
我々が知っている桃太郎の物語は、桃太郎が犬、猿、雉を家来にして鬼ヶ島に鬼退治に行く勧善懲悪の物語。
鬼ヶ島で悪い鬼たちを退治し、かれらが人里から奪い去った宝物を取り戻すというもの。
ここまではほぼすべての日本人が知っている物語である。
少し教訓的な解説を加えるにしても、犬は忠義、猿は知恵、雉は勇気を表していて私達が大切にしなければいけない素養のいくつかを教えてくれているものであろう。
ところが、この鬼の子の立場でこの物語を見ると次の様にならないだろうか。
『僕はお父さん、お母さんと毎日楽しく暮らしていました。
何不自由の無い生活です。
ところがある日、桃太郎と言うやつが乱暴者の子分(犬、猿、雉)を連れて家に乗り込んできました。
抵抗するお父さんお母さんは無残に殺された挙句、家の財産をみんな奪い去ってしまいました。
僕は明日からどうすればいいの?』
これは私の独自解釈だがキャッチコピー創作者も類似の内容を伝えたかったと推察する。
私は、このフレーズとイラストを殆どの講演、講義のラストメッセージに使わせて貰った。
人間関係、ビジネスマネジメント等において、相手の立場に立って物を見る事が重要ではないかという締めくくりにしたのである。
鬼の子から見る桃太郎話(相手の立場をとことん考える)をここで仮に新桃太郎メソッドとすると、このメソッドは何に留意しどう役立てたらよいのか。
まず、一番の留意点は心情的バイアスである。
人は物事を無意識に自分に都合よく考えてしまうバイアス(偏向)に囚われてしまう事がよく知られている。
従って、新桃太郎メソッドは、このバイアスを認めた上でそれを克服する方法論が重要になってくる。
まずは比較的冷静に考えられるビジネスに例を取ってみる。
私が専門の知的財産分野では、特許の侵害裁判や和解交渉でこれが威力を発揮する。
和解交渉等の前には、相手のロジックを読み、これに対しての反論を組み、更にそれぞれの反論に対して相手の反撃を推察するという積み重ねを行うが、通常は可能性の高い議論がメインな流れになる事を前提にシミュレーションしてシナリオを用意する。
次善の可能性を検討してもせいぜい補助的なサイドストーリーレベルであろう。
新桃太郎メソッドではこう考える。
大切なのは、こちらの都合を一切排除して可能性の低そうな選択肢も拾わなければならない事である。
例えば各やり取りに強制的に3通り程度のシミュレーションを設定する。
相手のスタートロジック3通り、それぞれに対しこちらの反論3通り、またそれぞれへの相手の反撃推察3通りと積み重ねて行く。
3段階の検討だけで27通りのシミュレーションとなる。もう一往復させると243通りになり、この内、242通りは結果的に使用しないシミュレーションとなるので非効率に見える。
ただ、心情的に100%子供の赤鬼になり切れない以上、機械的に全てに近い交渉パターンを拾いきる合理的なメソッドではないだろうか。
このメソッドを人間関係の問題において使うには、より非効率に見える事も我慢しなければならないかもしれない。
多くの人はしばしば人間関係に悩み、それを解決しようと相手の立場心情をとことん理解しようと努力する。
通常は解像度を最大に上げても見えるのは恐らく相手の立場までと達観した方が無難なように思う。
心情の多様性を考え上記特許交渉の様なメソッドを取る場合には、一見すると理解不能・想定外に見えるロジックや感情をあえて選択肢の中に含めてシミュレーションする事が肝要だろう。
子供の鬼はやがて大人に成りとてつもない力を手にするだろう。
普通に考えれば、この続きは悲惨な報復合戦になるに違いない。
桃太郎初め犬、猿、雉や抵抗する家族が惨殺され、全財産を再び鬼ヶ島に持ち去られる事になる。
桃太郎に子供がいれば今度はその子が復讐に立ち上がるのか。
残念ながらそのような連鎖を繰り返してきたのが人類である。
大人になった鬼が復讐を思いとどまるには、相手の背景まで見通す想像力(新桃太郎メソッド)が必要である。
私たちはビジネスや人間関係において、時に単純な構図に逃げず、この想像力を鍛え続けなければならない。
新桃太郎メソッドは、想像力と、それを裏打ちする経験に長けた者にはそれなりの恩恵をもたらしてくれるだろう。

