コラム

人は進化しても進歩はしない

時代劇でしばしば登場するお決まりの場面、白装束に鉢巻姿の幼い子供とその母親が、いかにも悪そうな侍に父親の仇討ちをするシーン。
多くは正義の味方が助太刀をして本懐を果たし、めでたしめでたしと視聴者が溜飲を下げるもの。
実際の成功率は数パーセント程度とも言われているが、明治6年に禁止されるまで合法の言わば復讐制度であった。

国のコンテンツ産業政策の奏功もあって日本でも大人気の韓国ドラマ。
私も視聴するが、好みの時代劇、王朝物に限らず半数以上は復讐劇要素の強いもののように見受けられる。

一方、近代においては犯罪者に対しての刑罰をどう考えるかの議論・検討が日本でも行われてきており、欧米に比べ懲罰色が強い制度を教育色の強いものに変更する方向にある。
既に本年6月1日に施行された改正刑法では、懲役刑と禁固刑を拘禁刑として一本化し、懲役刑に課せられていた刑務作業を犯罪者の再教育に充てると言うもの。
人権的配慮からか、囚人に対する呼び捨ても「さん」付けに変更する事が検討され、一部では既に試験的導入されている。
出所後、50パーセントにも上る再犯率を下げる為の改善策のようだが、懲罰感情の強い犯罪被害者を中心に、犯罪者の処遇改善に見えるこの策には反対の多い事も事実である。

この延長上にある究極の議論が死刑の是非である。
刑の残忍性、冤罪と言う取り返しのつかない間違いの恐れ等からの死刑廃止論が語られる一方、犯罪抑止力の維持、更には殺人者が、刑務所と言う国家権力(言わば一般人に比べ犯罪から最も安全な場所)で守られ続ける矛盾を突いた死刑存続論など、政治家、刑法学者も含めて国民の意見も分かれ続けている。
終身刑が無い以上、最高刑として残さざるを得ない等々の法の建付け的な議論はさておき、この議論の中で動かしがたいのは極刑の存続を願う被害者遺族の処罰感情ではないだろうか。
日韓時代劇のみならず、また洋の東西を問わず、視聴者を揺さぶる復讐劇。
これをどう解釈したら良いのか。
私達は、人の進歩の限界に正直に向き合うべきではないのだろうか。

ダーウィンの進化論を持ち出すまでもなく、生物はわずかながらも進化し続ける。
時間軸が長すぎる故に千年、万年単位で振り返ってわかる変化であり、個体としての生物が進化している動きをリアルタイムで観ることは出来なくとも、確実に進化はしているはずである。
更には、我々を取り巻く環境は次元の違うスピードで進化している。
目を凝らさずとも大小の進化が秒単位で観察できる程である。
身近な生活を例にとっても、居住環境、社会インフラ、交通移動手段、娯楽の為のテクノロジー等、知恵を積み上げられる物は日進月歩で進化し続ける。
これらの恩恵にあずかっている事は言をまたない。

一方祖父、父が犯した過ち、例えば博打や女性問題、色々あろうが、これを教育材料に同じ過ちを犯さないよう息子の精神性を科学技術のように進化させられるのか。
YESと答えられる面々も居ようが、私の答えは否定的である。

つまり我々には、物理の定理や数学の公式を学習で積み上げて次のステージに進むがごとく進化できる自然科学系の部分と、倫理上、社会正義上、いかにいけない事だと教え込まれても克服しがたい(進歩しない)文化人類学的な部分が共存しているのは確かである。
復讐的感情、嫉妬や妬みばかりでなく、絶対的な軸が持てないが故に相対的にしか自分の幸せを感じられない、例えば「誰々さんに比べたらまだマシ」的な部分などがこれであろう。
一般には社会が進化する程、進歩しない感情を理性でコントロールする事が求められる傾向にある。
特に先進国にありがちな「死刑制度はそぐわない」とか、「犯罪者は懲罰よりも再教育するべきで、特に若い犯罪者は彼らを犯罪に走らせた社会の犠牲者だと見るべきだ」といったような論調がそれだろうか。
少し露骨な表現をすると、文明の進んだ社会では、進歩しない感情を隠して人格者風の仮面を被らなければならないようにも見える。

私は若手の頃、上司から「私と君は年次が離れている。これは幸いな事だよ。」と言われた事があった。
「この年次差があれば会社の中での地位の逆転はほぼ不可能で、君の育成に何の雑念もなく専念できる。」とまで本心を吐露してくれた。
それから二十年程後になろうか、某大手企業の役員達との懇談で同種の話題に話が及んだ事があった。
彼らは、人事評価、人材育成に嫉妬や妬み、あるいは保身的といった負の感情は全く入らないとばかりに自説を述べた。
それまでの会話の中で、他社の経営や経営者には、時にこちらが気分を悪くするほどの辛辣な批判を浴びせていながらも、自分事になった途端、建前論に終始していた彼らが偽善者に思えたのは失礼な見方であったろうか。
かつて感銘を受けた上司の本音とは対極的に見え、必要以上に懐疑的感情を抱いてしまっていたのかもしれないが、これは私が未熟だった故か。

嫉妬や妬み、復讐心などは、我々の進歩しない部類の属性であるが、確かに必要なのはこれをむき出しにしない事で、これを抑える力(我慢、倫理観、常識論等)を磨く事が重要となってくる。
この自分磨きは人それぞれのやり方で努力をしながらも、精神性の安定に大事な事は、自分にも他人にも過度な幻想を抱かず、負の感情に支配されがちな時でも自己嫌悪する事なく、自然体で受け止めることではないだろうか。

最後に、健康長寿のお年寄りが決まって聞かれる質問と、そのほとんどの方が答える会話。
「そんなにお元気で長生きの秘訣は何ですか?」
「はい。何事にも、あまりくよくよしないことですかね。」
負の感情を長きにわたってコントロールしてきたであろう人生の大先輩からの珠玉のメッセージと受け止めよう。

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