コラム

アメリカファーストの脈流

I can’t help ~ing」学校で習う英語のこの構文は、日本語訳(~せずにはいられない)よりも衝動的なニュアンスをまとっているように私には思える。
この構文でしか説明出来ないような自分の過去の行動を最近のニュースが思い出させてくれた。 

20年程前、初めて広島平和記念資料館を訪れた。
原爆被害の展示物は涙をぬぐう動作さえ忘れる程衝撃的であった。
入口まで騒がしくヤンチャ盛りにしか見えなかった修学旅行生の集団でさえ、一瞬にして無声映画の映像のように変えてしまう圧倒的な悲劇がそこにはあった。
私は、出口に置かれた記帳ノートに夢中で書きなぐった。
「こんな無差別な大量虐殺以外の何ものでもない犯罪を、未だに戦争を終わらせる為の正義だったと強弁するアメリカに、どうして日本人は親近感を持てるのか!!!」。
怒りに任せての感情の発露ではあったが、書き残さずにはいられなかった。
ワシントンDCのスミソニアン博物館には戦争関係の展示館もある。
そこで当の原爆投下に使われたB-29爆撃機エノラ・ゲイ号を目にした時の怒りとは比べようもない程の憤怒の感情に支配されていたとは言え、若い頃アメリカで研修させてもらい、良い友人にも恵まれた親米派の自分が取ったその行動はあまりに反射的で自分でも驚いた。 

つい最近、トランプ大統領が、イランにバンカーバスターなる特殊爆弾を落とした事と広島・長崎への原爆投下を同列に並べる発言をしている報道を目にした途端、平和記念資料館での「I can’t help ~ing」が鮮明によみがえった。
広義の意味で戦争を終わらせる手段と言う共通性で言及したのだろうが、核兵器製造が疑われる設備への数発の爆弾投下の攻撃行動の類似性の引き合いに、数十万人の一般人を虐殺した広島・長崎を出した彼のメンタリティーに今更ながら驚いた。 

良いビジネスパートナーや友人のお陰で築き上げた米国観を、一人の特殊な人物の言動により壊されるつもりはさらさらないが、上記と呼応するように40年も前のある不愉快な場面までもフラッシュバックさせられた。 

米国駐在の主目的がアメリカ特許法の研修だった私は、ワシントン近郊の特許法律事務所のオフィスを拠点に、他の事務所主催のセミナー等にも積極的に参加していた。その中に、日本人以外にもヨーロッパ、南米、韓国と言った所からの研修生に人気のセミナーがあった。
長期の駐在員だけではなくセミナー出席の為の出張者も合わせて20人規模2週間程度のプログラムで、特許法だけでなく、歴史的法廷の見学ツアーやポトマック川でのクルーズディナー等家族サービスも合わせとても楽しいものだった。
米国の特許法律事務所はクライアントサービスの一環として、それぞれ主催するセミナーで、特徴のあるプログラムやゲストスピーカーを競い合う傾向があり、当該セミナーも国際性アピールの為か、講師陣には米国弁護士に加え他国の弁護士や関係者も何人か加わっていた。 

主催事務所の講師陣が進めるプログラムのサイドメニュー的講義が英国弁護士によって行われていた時の事、講師陣の米国弁護士が後ろで静かにではあるが少しざわついている。
気になってそちらを見ると笑いをこらえきれずクスクスとしているようだった。
私の視線に気が付いてジェスチャーで伝えてくれたのは英国人の英語をバカにしている仕草だった。
英語を母国語としながらも両国の言葉には発音的に違いがあるのも確かで、米国人にしてみると「Queen’s(今はKing’sか) English」と呼ばれる英国語は米国語に比べると発音がはっきりしている分、カクカクとたどたどしく聞こえるが、英語は元々英国のもの。
私向けのお茶目なサービスのつもりだったとしても、英国人に敬意を欠いた不適切な態度にしか見えなかった。
その後の質疑応答で、さらに不愉快な事が起こった。
ひとつのサブジェクトについて米国の事情、英国の事情と話を聞いた流れを受け、受講者の一人が「カナダではどうですか?」と、講師陣の一人として参加していたカナダ人弁護士に質問した。
隣国とは言え、わざわざカナダから来てくれていただろう彼が、ここが出番とばかりに答えようとするのを遮って米国弁護士の一人が言った。
Don’t worry about Canada. It is just a part of US」(カナダはアメリカの一部だから気にしなくていいよ)。
その後カナダ人弁護士が肩をすくめるジェスチャーをしたのは鮮明に覚えているが、米国弁護士の言動にあきれ過ぎて、そこで話が終わってしまったのか、多少なりともカナダの説明が続けられたのかは記憶の霧の中である。 

米国駐在から40年も経った今、些細な出来事にも思える上記事案を鮮明に思い起こさせられたのは、広島・長崎発言に加え、彼が言い放った「カナダはアメリカの51番目の州になれば良い」に代表される余りにも他国への敬意を欠いた発言の数々だったのは間違いない。
依然支持を得ているそのメンタリティーが、アメリカの良心にさえ思えた人達に脈々と担がれ続けて来たかもしれないと言う思いがそれにも増してショックであった。 

米国駐在の2年間は、今までの人生の中で最も楽しく、自己成長も図れたかけがえのない時間である事は改めて強調したい。
上記のような不愉快な思い出の何十倍もの良い思い出や感謝の思いが強いからこそ世界のリーダーたる合衆国大統領の発言が残念でならない。
米国に対する好意を個々人が失う事は、国単位でも信頼を損ねる事に繋がる。
私が尊敬した米国の正義が幻だったとは思いたくない一心でこのコラムも書かずにはいられなかった。
I can’t help writing this column.

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