コラム

虎の穴

私はプロレスファンではないが、子供の時に夢中になったプロレス漫画がある。
月刊漫画雑誌に連載された「タイガーマスク」である。
その後週刊漫画となったり、アニメになったりと多くの人の目に触れ、さらには漫画を模した本物のレスラーが何代かにわたって活躍する等、広い世代にファンを持つ主人公の格闘物である。
主人公であるタイガーマスクこと伊達直人が「虎の穴」と呼ばれる機関で地獄のようなトレーニングを積み最強のレスラーになり、刺客レスラーたちを倒し続ける物語である。 

かつて読んだ新聞で、高卒後の男の子を自衛隊に入れた家族の記事があった。
入隊半年後、休暇で帰省した息子に親御さんは驚嘆した。
部屋の片付けひとつせずだらしない長髪だった息子が、玄関で脱いだピカピカに磨かれた靴を、かかとを上がり框側にきちんと揃えた事に始まり、行動の何もかもが変わっていたとの事であった。 

小学生の時、夏休み明けに水泳大会があった。
あまり泳ぎの上手くなかった親友が突然べらぼうに早くなっていた。
休み中、遊泳が禁じられていた千曲川で上流に向かって泳ぎ続けたとの事。
もっとも彼はトレーニングのつもりはさらさらなく魚とりに夢中になっていただけの事だったが。 

厳しい環境が人を鍛える事例は、フィクション、実社会、学校生活と至る所に存在し、能力を高める為の重要なファクターを示唆し続けてくれている。
こんなレベルの情報や経験だけでポジティブになれる人はそれだけで十分だろう。
私には反面教師的な事例の方も自分を鍛えるモチベーションを上げる説得力があるように思える。 

身近な事例では若手漫才の大会である。
年間いくつもある「…大会」「…グランプリ」なる漫才を楽しみにみる事があるが、私には全く面白くないどころか痛々しくさえ見える物が多い。
ところが会場では大うけと言う状況が良くある。
笑いのセンスが違うのかとまずは自分の感性を疑ってみるが、そうでもなさそうだと思うに至った。
時々映る会場には若い女性が圧倒的に多い。
何をしても笑うと言われる感受性の高い若い女性の笑い声で満たされた場で満足している限りは芸のレベルアップは望めそうもない。 

少し大仰になるが、日本の産業競争力に目を向けてみるとどうだろうか。
何らかの参入障壁に守られて来た産業構造がいたる所で軋みだして久しい。
庶民的に最も大きな影響を受けたのが金融業界の瓦解と再編だったのは言うまでもないが、護送船団的に国家に守られて来た業界に、一部ハゲタカとまで揶揄された海外勢がなだれ込んでくれば当然起こり得た事である。
一方、早くから海外で戦わざるを得なかった産業は国際的にも競争力を保ち今でも先頭争いを懸命に演じている。
参入障壁で保護されている業種で、敢えて極端な見方をしてみると、国籍、言語と言う最も強力な参入障壁に守られているのが政治家とも言える。
非現実的なのは承知の上での話であったが、かつて、斜陽国家と言われた英国を蘇らせ鉄の女と称された元英国首相マーガレット・サッチャー氏、冷戦を終わらせたソ連最後の大統領のミカエル・ゴルバチョフ氏に是非日本のリーダーをしてもらいたいなる話題が盛り上がった事があった。
国外人材との競争が無いばかりか、世襲的風習やその事実に対しての諦めから国民間での競争すら極めて限られている政治と言う業種。
何とか世界との競争をリードできる人材がその狭い競争の中からでも生まれる事を期待したいが限界も覚悟すべきか。 

ポジティブな事例、反面教師的な事例どちらからでも良いので、厳しい戦いこそが自分の能力を高める最高の手段である事を再認識する一助として頂ければありがたい。

最後に、私の最も好きな映画を紹介したい。
「ボーン・アイデンティティー」「ボーン・スプレマシー」などで知られるスパイ映画の「ジェイソン・ボーン」シリーズである。
特殊工作員として最高に厳しい訓練を受けた主人公が、とある事件で記憶喪失になるが、自分の能力を認識できていないそんな状況下にあっても、その後自身に降りかかる命に係わる幾多の困難を、身体にたたき込まれた超人的能力で反射的に乗り越えて行く重厚感のある物語である。
記憶喪失で自己認識がなくても鍛え上げられた能力さえあれば同業者のトップレベルをはるかに凌いでいけると言う痛快さ以上に、自分を鍛え上げた環境(組織)の重要さを示唆してくれる。 

苦しいトレーニングや勉強を独自に続けるのは容易ではないのは誰もが経験済みのはず。
「虎の穴」やジェイソン・ボーンが育った特殊組織ほどではなくても、自分の会社や所属機関がそのような場所、つまりそこで当たり前にやっている仕事や所作を身に付けるだけで外の社会にたいして自然に競争力を持てるような所であれば素晴らしいと思いませんか。

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