コラム

進化する山形県の研究開発現場

旧来型の試験・研究機関が様変わり

IT(情報科学)産業革命が途上国や後発国も巻き込んで世界的に爆発しているが、日本の産業現場も急速に姿を変えてきている。特に地方自治体が経営する試験・研究機関は、かつての姿から大きな変貌を遂げてそれなりに進化していることが窺われる。

筆者は平成11年から山形県の科学技術会議委員を委嘱され、山形県の試験・研究機関の改革や県内の産業振興施策などについて詳しく知る機会があっ た。山形県に科学技術会議が設置された14年前には、県の試験・研究機関の活動の様相は「古色蒼然」としていたが、組織の改革、研究スタッフの意識改革、 評価体制の見直し、知財戦略の展開などに取り組み、大きく変貌してきた。その様相は驚くほどの変革ぶりである。

文部科学省、経産省、農水省は、地域イノベーションの新興を目指して、「地域イノベーション戦略推進地域」、「地域イノベーション戦略支援プログラム」などの選定と施策を展開し、イノベーション振興への助成制度を行っている。

国の施策と地方自治体の施策とが噛みあいながら、日本列島の各地域では着実に試験・研究機関の活動が進化してきていることは間違いない。少子化、人口減少 に向かっている日本は、特に地方の疲弊を招いているように筆者も感じてきたが、最近の地方の研究開発の様相を見ていると新しい時代を切り開いていくエネル ギーを感じることがある。

今回は、先ごろ開かれた山形県科学技術会議で報告された研究成果の中から興味ある成果を紹介してみたい。

Shimokoshi 型ツツガムシ病を媒介するツツガムシ種の解明 (衛生研究所)

ツツガムシ病は、リケッチア病原体を保有するツツガムシの幼虫によって媒介される発疹性の疾患である。

ツツガムシは土壌の中に生息する昆虫の卵などを捕食するダニだが、卵から孵化した直後の幼虫のみがネズミやヒトなどの温血動物の皮膚に吸着し、組織液や崩壊組織などを摂取するが、このとき動物はリケッチアに感染する。

ツツガムシに刺されてから5日から2週間ほど潜伏期があり、やがて39度以上の高熱が出て発症し、全身に2ミリから5ミリほどの赤い発疹が出現する。重症になると死に至ることもある。

平成23年5月に山形県朝日町でShimokoshi 型ツツガムシ病が発生した。国内では6種類のツツガムシ病の血清型が知られているが、Shimokoshi 型は唯一媒介種が不明だった。そこで同研究所はその媒介種を解明するため、まずツツガムシ幼虫の種の鑑別を行った。

同時にShimokoshi 型ツツガムシ病の病原体遺伝子を調べ、2600匹のツツガムシは3属8種に分類されることを確認した。そして最新の遺伝子検索技術を駆使して、157匹のツツガムシからShimokoshi 型ツツガムシ病の病原体遺伝子を検出した。

Shimokoshi 型ツツガムシ病を発症させる「犯人」はヒゲツツガムシであった。同病は、1980年に初めて症例が報告されたが、その後、東北・北陸地方だけにしか報告がなく、30年以上に渡って媒介種が不明だった。

今回、同研究所が世界で初めてこれを解明したもので、論文は国際的な学術誌の「Microbiology and Immunology」(2013年2月号)に投稿されて掲載された。

ヒゲツツガムシの顕微鏡写真

ヒゲツツガムシは、四国を除く全国に分布しているダニである。同研究所は「Shimokoshi 型ツツガムシ病を標的にした検査を実施している地方の衛生研究所などは一部に限られている。このため、診断できないShimokoshi 型ツツガムシ病が全国に潜在している可能性がある」としている。

今後は国立感染症研究所と山形県衛生研究所が共同でShimokoshi 型ツツガムシ病の全国分布状況を追及することにしている。地方の衛生研究所が、国際的にも評価される成果を出している点は立派である。

山形県産の紅花を利用したニット原糸の開発 (工業技術センター)

江戸時代、山形地方は紅花の一大産地であり、特に最上地方の紅花は「最上紅花」として金と同じくらいの価値があったと言われている。紅花は舟積みされて最上川を下って日本海に出ると船で京都、大阪へと運ばれた。

京都では上品な口紅となったり衣装を染め上げる自然染料として珍重された。紅花を運んだ戻り船では、京都と大阪の様々な文化が山形に運ばれた。県内 の各地の旧家に残っている雛人形が代表的な京都の文化として伝わっている。このように江戸時代から紅花の栽培と利用方法が営々と引き継がれてきた伝統か ら、県は1982年に紅花を県花に選定した。

紅花染めは、主として織物が対象になっており、これまで編み物のニットへの利用は少なかった。そこで県工業技術センターでは、これまでの絹の濃色加工技術を羊毛に応用することによって、ニットの原糸にも紅花染めが可能ではないかと研究開発を重ねてきた。

思考錯誤を重ねながら濃色加工技術を進化させ、羊毛を紅花の赤と黄色素による約25色、藍を混合した赤黄青の3原色による48色に染色することに成功し、色見本帳を作成した。

紅花染めニット原糸

こうした成果は繊維学会、繊維機械学会で発表し、英文誌の「Journal of Polymer Science」に論文を投稿して掲載された。同誌には表紙としても採用されている。

実用化では、ニット企業と共同で婦人用セーターやストールを試作した。さらに極細モヘア糸による紅花染めカーディガンを開発し、アメリカのオバマ大統領のミシェル夫人が大統領就任式で着用したものを参考にしたデザインで試作して知事にも披露したという。

左が英文誌の表紙。右は紅花染めの試作セーター

活性化する試験・研究機関の研究開発

このようにオールジャパンでも通用するような研究成果はほかにもある。この欄でも以前紹介した山形県特産の水稲種の「つや姫」に関しては、最近の機器分析技術を駆使しておいしさの定量化にも成功している。

つや姫の炊飯の表層部分を電子顕微鏡で観察して構造を精査したところ、海綿状の構造が他のご飯に比べて厚いことから軟らかさや弾力性があると推測。 こうした食感やうま味を科学的に立証するために、うま味になっているグルタミン酸とアスパラギン酸の含有量とその比率を測定し、コシヒカリとは違っている 点を示してつや姫の美味しさの定量化を確立した。

また、畜産試験場では新しい「やまがた地鶏」を開発するために品種改良に挑戦し、母方の種鶏に新しい系統を導入した。そしてこれまでの生育から出荷までの日数150日齢を120日齢に短縮することに成功した。

新種の「やまがた地鶏」の食味官能評価も行っているが、従来の地鶏と比べても差がないことが分かり、食肉専用鶏の飼育の効率化に貢献できるという。

作出された新しい品種の「やまがた地鶏」

このほかにも、次のような研究取り組みと成果を発表している。

*「豚疾病対策を目的とした抗体検査法の開発 (養豚試験場)」

*「鉱油による地下水・土壌汚染の微生物分解に関する研究 (環境科学研究センター)」

*「早期成園化に適するぶどう「シャインマスカット」の仕立て方 (園芸試験場)」

*「広葉林皆伐跡地を効率的かつ確実にワラビポット苗で成園化する技術 (森林研究研修センター)」

*「おうとう「佐藤錦」に対する受粉樹の特性の研究 (村山総合支庁産地研究室)」

こうした研究成果は、知的財産権の確立としても取り組んでいる。特許の国内出願は戦略的に進めているものの外国出願はまだ行っていない。国際的な競 争力を得るためにも費用対効果をにらみながら、外国での知財を確立して海外でのビジネス展開に結びつけることが今後の課題になるだろう。

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