進化する中国の知財ネット法院
中国の最高人民法院は、3年前から北京、広州、杭州の3地域にインターネット法院を設立した。爆発的に増加してきたネット上で発生する著作権侵害事件をはじめとする知財紛争の処理を効率よくさばくためであり、3年間の実績などを総括して先ごろ最高人民法院はシンポジウムを開催し、今後の発展への課題などを論議して報告している。
その内容は、最高人民法院のHPでも公開しており、日本語に翻訳したページも用意してある。国際的な広報体制に敬服し、そのあらましを報告し、今後の動向を語ってみたい。(人民法院报 (chinacourt.org))
シンポジウムで出てきた驚くべき数字
北京・杭州・杭州のインターネット裁判所が事件を受理した件数は、22万2473件にのぼり、このうち19万4,697件を解決した。またインターネット裁判への申請率は99.7%だったことから、紛争のほぼすべてがインターネット裁判に移行したものと受け止められる。さらに平均の裁判時間は、29分であり、これは通常オンライン訴訟にかかった時間の3分の1の時間を節約できたと報告している。
インターネット法院での集中審理
2018年9月6日に最高人民法院が定めた「インターネット法院による事件審理に係る規定」によると、北京・広州・杭州のインターネット法院は、基層人民法院(中級人民法院の下に位置する法院、日本では簡易裁判所にあたるが処理事案はまったく違う)が受理すべきもののうち、次に掲げる第一審事件を集中的に管轄するとしている。
1.電子商取引プラットフォームを通じてオンラインショッピング契約を締結又は履行することによる紛争。
2.締結、履行行為のいずれもインターネット上で完成したインターネットサービス契約紛争。
3.締結、履行行為のいずれもインターネット上で完成した金銭消費貸借契約紛争および少額消費貸借契約紛争。
4.インターネット上で初回発表を行った作品の著作権又は隣接権の帰属紛争。
5.インターネット上でオンライン発表又は配信された作品の著作権又は隣接権を侵害したことによる紛争。
6.インターネットドメイン名に係る権利帰属、権利侵害及び契約紛争。
7.インターネット上で他人の人身権、財産権などの民事権益を侵害したことによる紛争。
8.電子商取引プラットフォームを通じて購入した製品に欠陥があることで、他人の人身、財産権益を侵害したことによる製品責任紛争。
9.検察機関が提起したインターネット公益訴訟事件。
10.行政機関によるインターネット情報サービス管理、インターネット商品取引及び関連サービス管理などの行政行為に起因する行政紛争。
11.上級人民法院により管轄を指定されたその他のインターネット民事、行政事件
これはインターネットの普及によって爆発的に増加したネット関連紛争を効率よく処理する制度を設計したことになる。具体的には、北京・広州・杭州の基層人民法院に受理されるべき事件のうち、作品がインターネットで初回発表された場合の作品著作権または隣接権の帰属紛争、インターネットでオンライン発表、拡散された作品の著作権または隣接権の侵害紛争、インターネットドメイン名の権利帰属、権利侵害及び契約書紛争、電子商取引プラットフォームを通してオンラインショッピング契約書の締結または履行により生じた紛争など、11 種類の紛争を集中管轄したとしている。
北京イン ターネット法院が発表している2018年9月から翌年8月末までの1年間の報告によると11種類の紛争のうち、著作権権利帰属、侵害紛争が 26,607 件であり、全体の77.7%を占めているという。北京の事例から推測すると中国では、インターネット上の著作権をめぐる紛争が多発しているようだ。
渉外事件に対応する制度の整備
シンポジウムの報告によると、3つのインターネット法院が受理した渉外事件(外国企業などが絡む事件)の件数は、2,487 件にのぼり、うち結審したものが 2,320 件だった。事件で扱った金額は 2億4000万元(約36億円)であり、越境知的財産保護、eコマース、国際ドメイン名紛争処理などの事例が紹介された。
中国インターネット法院は、インターネットによる渉外事件裁判を重視し始めている。理由は、経済活動の国際化拡大に伴って、紛争が外国法人や個人が絡む事案が増えてきたこと、自国の権益を守るためにも知財の理論と執行を強化するべきとの観点に立ったこと、中国は知財紛争の処理内容でも国際的に認められる水準になってきたことを示すべきとの判断が働いているからだ。
シンポジウムでも杭州インターネット法院が「ペッパピッグ(Peppa Pig)著作権多国紛争事件の審理に成功し、中国が知的財産権を尊重し、平等な保護を実行することを明らかにし、全国初の越境貿易法廷を開設した」と報告している。
ペッパピッグはイギリス発のアニメで、おしゃまなこぶたの女の子ペッパとその家族のおはなしで、世界中で大人気になっている。著作権違反で拡大したり、ニセモノが氾濫するなど各地で紛争が起きているようだが、中国はこうした侵害には断固として取り締まっていることを内外に示したのだろう。
かつて日本の「クレヨンしんちゃん」や「ウルトラマン」など数々のキャラクターで莫大な侵害損害額を出していたが、こうした過去の中国不信感を一掃させる狙いがようやく実を結んできたようだ。
AI技術を駆使した効率化の進化
中国のインターネット司法がさらに進化することを示したのは、このシンポジウムで、「ブロックチェーンや人工知能やビッグデータやクラウドコンピューティングなどの言葉が繰り返し取りあげられた」と報告している。そして「インターネット裁判所は、新しい技術アプリケーションシナリオを拡大し、科学技術と司法のオールラウンドな統合を促進し、司法運営をネットワークからインテリジェントにアップグレードします」と報告している。
また「インターネット裁判所は、インターネット上に設立された裁判所だけでなく、計算科学を使用して司法プロセスを再作成する裁判所です。 清華大学コンピュータ学科の党委員会書記であり、中国人工知能学会の副事務総長であるLiu Xinqunは、計算科学と司法実践を結び付ける新しいモデルを引き続き模索すると提案した」としている。
インターネット裁判所は、法理の判断内容や手続きなどを電子情報処理によって標準化し、3つのインターネット法院に格差が生じない公正で透明性のある司法の確立を目指しているのだろう。こうした視点と仕組み作りでは、世界の先端を走っていることを示すシンポジウムだった。