苦悩
これは、20年前ですが、某メーカの経営者を集めた会議で知的財産部から報告されたものです。差し障りがありますので、社名は伏せておきます。
某社は知的財産では積極的な行動をとることで有名な会社です。生まれ育った環境もありますが、技術開発の成果をいつでもセールス・トークに使い、シェアを 拡大してきた企業です。ベンチャー企業からスタートして世界でも名を知らない人がいないくらいに親しまれている会社なのです。ベンチャーは、弱い営業力を 特許でカバーして他社の参入を阻止して市場を独占し、利益を上げては再投資して着々と力をつけて来るケースが多いのです。社長は創業以来、技術開発で苦労 してきていますから「世界で初めて」という、それこそギネスブックに載るようなものばかりを手がけてきました。それでないとマスプロダクションと営業力で 大企業に根こそぎ取られてしまうからです。
この会社は、創業当初は他人の特許を買い込んで、自社の特許力アップもおこないましたが、自主技術で製品化を図り、着々と自社の特許力も高めていったのです。
50年以上も前のことですが、この会社の技術者が大変基本的な技術を開発して基本的な構造を特許で押さえました。化学でいえば材料の組成を物質特許で、電気でいえば新しい機能の部品や素子を特許で押さえたようなものです。
この基本的な技術が発表されると、一年も経たない内に応用特許がバタバタと出てきました。この新しい機能を持った素材を利用する技術については、アメリカ の企業に先を越され、特許をどんどん取られてしまったのです。新しい技術を発表する前に応用についても検討して、あらゆる範囲のものを特許で押さえなくて はいけないということを身にしみて体験したのです。以来、この会社では世界で一番という技術はやたらに発表しないで、特許の壁を作ってから発表するように したといいます。
ところで、30数年前にこの会社は、別の会社と組んで、世界の規格となる技術を開発したのです。同じ轍を踏まないように特許で武装して商品の開発に着手し ました。規格化してファミリーを作り、マーケットを拡大する戦略ですから、基本特許は割りと安い値段でライセンスします。製造方法や応用のところで、それ なりに避けて通れない特許を取得してはちょっぴりチョッピリ特許料を稼ぎます。
クロスライセンスができない企業にとっては、全体としては結 構な実施料になるといいます。便利なものはどんどん用途が広がりますし、すべてを押さえることは神技となります。そこで、この会社は基本の技術を安く使わ せる見返りとして、ライセンシーが開発した特許の無償実施権を取得できる契約にしたのです。ところが、この数年では応用特許を取得したメーカで製造をしな いところが出てきて実施料を要求するのだそうです。また、小規模な企業でクロスライセンスをしても相手が作る製品よりも、この企業が作る製品の規模が大き く、金額的に割に合わないから差額実施料をもらいたいといいだす企業が出現して、困っているとのことです。対策をどうするのかは教えてくれませんでした。