コラム

縄文の漆

人類の文化の歴史を見ていると、様々な技術が生活や環境に合わせて発展してきていることが分かります。

1万数千年前の日本列島が氷に覆われていた氷河期から、新石器時代へと人類の痕跡が出現してきた頃は、貝類や小さな魚を食料にしたり、狩猟は動物たちを崖や穴に追い込み捕えていたそうです。新石器時代になり槍や弓が出てきて、さらには保存や煮炊きの入れ物としての土器が生まれてきたのです。

気温の上昇に伴い竪穴住居などの集落が出来てきて移動住居から変わり、ドングリやクルミなどの木の実を採ったり、植物を栽培することになる農耕社会が出現してきますが、土を耕す道具や叩いたり、すりつぶすための石器が数多く工夫されてきます。

こうした必要に迫られた道具が徐々に発展してきますが、縄文時代といわれる約一万年前からは道具には美的工夫がなされてきます。

縄文土器とは縄や貝殻などを押し付けて模様を付ける土器で、さらには土偶のような非日常的なモノが作られてきております。祈りや祭りごとに使うだけでなく、日常使われている煮炊きの土器にも文様が付けられてきたのです。まさに生活に必要な道具として使われてきた土器に、豊かなデザイン・意匠の要素が強くなってきます。

この縄文土器という名称は、1877年に東京の大森貝塚から出土した土器に、発見者のエドワード・S・モースが名付たそうです。

一万年から3300年から2800年前の時期までを縄文時代といっていますが、人により、また地方によりこの時代の特定は変わるようです。その後の弥生時代になって、道具に付けられた文様が美しさを増し、芸術の領域にまで昇華してきたといわれております。もちろん縄文と弥生の時代がきっぱり区別できるわけではありませんが、土器作成の技術の完成度が見るからに違うと思っていました。

今年の11月に青森県から頼まれて八戸に行き、たまたま土曜日にまたがっていたので、見学した是川縄文館という八戸埋蔵文化センターの施設を見る機会があったのです。展示品の技術の高さと高度なデザインに驚き、知的財産の始まりを強く意識したのです。

縄文時代の晩期といわれる終わりの頃ですが、この遺跡から出土した土器のデザインの素晴らしさには驚愕しました。弥生時代を彷彿させる技巧の精密さ、デザインの美しさは目を見張るものでした。この遺跡から出土して国宝に指定された合掌土偶はケタ違いに貴重なモノです。

重ねて日常的に使われていた弓や矢に、漆が塗られていたのです。加えて木や竹細工の精緻な道具にも漆塗りが施されているのです。竹細工や木工の表面の粗いモノに粘性のある黒漆を主体とした塗り(パテ)を施し、さらにベンガラ(酸化第二鉄)や水銀朱(硫化水銀)を顔料にした赤漆が塗られているのでした。あのザラザラした土器にも漆が塗られ、見事な意匠の器が作られていたのです。この縄文の漆は、デザイン文化と高度な化学知識や技術の上に立った発明工夫が既にあったことを示す貴重な遺産です。

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