コラム

知財高裁

ある研究会で特許の裁判例を巡り、特許の明細書の書き方についていくつかの話題が上がりました。
特に発明者にどれだけ書いてもらうべきかといった話です。

人や企業によっては、明細書などを発明者に書かせるべきではないという意見と、本来は発明者が書くべきであるとの考え方です。
今でも印象に残っていますが、私が入社した時の所属の課長は、君たちの書いている明細書は最後には、裁判所での判断に耐える内容でなくてはならないと、口を酸っぱくして強調されていました。

初めの話に戻りますが、最近の特許庁の判断と知的財産高等裁判所(知財高裁)の判断傾向が話題になりました。弁理士会で若手の弁理士による特許庁の審判結果と、そうした審決に不服で知財高裁で争われたケースを分析した資料がありました。さらに権利化された特許権を巡る裁判所の抵触判断の判決を踏まえた議論でした。

喧々諤々の議論の末に、特許庁ではある程度の発明の開示があれば、たとえ実施例の構成に一つの実施形態しか掲載されていなくても比較的広い範囲での技術思想を権利として認める傾向があるという結論です。審査官の判断としては従来の技術に比べて新規性や進歩性の有無の判断になり、拒絶する理由(進歩性や新規性を否定する理由)が見つからなければ、たとえ請求の範囲が文言の上で広くても、実施例に限定して狭くせよという拒絶理由を出すことは難しいのが現状でしょう。

一方、知財高裁の判例から見ると、実施形態つまり実施例が多岐にわたり複数示されている場合には権利範囲が広く解釈される傾向があるのです。実施形態が一つの例しか示されていない場合には、どうしても実施形態から離れた構成が特許に含まれるかどうかの判断は厳しく、実施例に限定して解釈されるケースが多くなっています。

知財高裁が設けられてほゞ15年経ちます。設立当初から、当時の篠原勝美所長の表現では「知財権は発明や創作物に与える独占権で、他社の権利を縛る。保護の強化ばかりが正しいとは限らない。独占に値する引き締まった特許を選別する必要がある。どんどん権利を認めることがただちに知財立国につながるかどうかは、よく考えるべきだ」と述べられています。こうした考えは現在も受け継がれて、個々の判決の根底に流れているのではないかと思うのです。

そうした中で発明者に何を求めるかということになるのですが、発明の表現というよりも、自らの発明(技術思想)は、色々な形で適用できると、考え得る実施の形態を数多く示すことが大切です。発明者が考えも及ばなかったことにまでも、権利を拡大解釈した実施方法まで発明を適用できるという主張をしなくても、私はここまで考えていますという内容を当初の明細書に開示すればよいのです。そうすれば不必要な争いや裁判による判断を仰ぐ必要のない堅固な特許権が確立すると思います。技術思想は複数の実施形態に示された発明に裏打ちされたものにする必要があるのです。

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