知財立国から知財立県へ ~着実に広がる日本の知財戦略~
日本が「知財立国」を掲げてプロパテント政策に大きく舵を切り始めたのは、2002年2月の小泉純一郎首相の施政方針演説からである。2003年からは毎年、国が取り組む知的財産推進計画を策定してきた。この計画書には、具体的な施策目標と担当官庁を明記して責任の所在をはっきりさせており、これまでなかった役所の文書になっている。
企業、大学、行政機関、研究機関など日本の社会全体が知財重視の体制に変わってきたことは間違いない。国の知財策定に影響を受けた地方自治体も、次々と知財重視の施策を打ち出しており、都道府県で温度差はあるものの着実に、地方の知財体制の整備が進んでいる。
埼玉県は「彩の国知的財産立県」を掲げて平成17年から知財戦略を策定して進めてきた。このほどその強化策定のために、県内外の有識者で組織する「彩の国知財立県づくり懇談会」(座長・斎藤茂和・理化学研究所知的財産戦略センター長)を発足させて、新たな取り組みの検討を始めている。
埼玉県は、知財に対する専門的な相談窓口になる「知的財産総合支援センター埼玉」を作り、企業の研究開発や知財担当などを経験した専門のアドバイザーを配置して特許出願や権利侵害などの相談に対応し、弁理士・弁護士の相談会も開催してきた。
「ワンストップ相談対応」を掲げており、平成17年度の開所からこれまでの累計相談件数は、1万2000件を突破している。
特許流通支援、特許情報活用支援などを目的にした企業訪問も累計で2500回近くになり、知財のセミナーや講習会なども3200回以上を数えている。このような活動が実を結び、取り組みの成果も出ている。
たとえば、レーザー光を照射して独特の象嵌(ぞうがん)技術を開発したナガシマ工芸(長島洋一社長、埼玉県春日部市)は、「第3回ものづくり日本大賞」の経済産業大臣賞を受賞した。伝統技術の応用部門での受賞であり、埼玉県の企業が経産大臣賞を受賞したのは初めてだった。
ゾウガン(象嵌)とは、ヨーロッパで従来から使われている技法で、板などのある部分を糸のこぎりなどで切り取って抜き、その中に別の模様などをはめ込む方法だ。これだと手間がかかり大量生産はできない。
ナガシマ工芸は、プラスチックに木目を印刷してソフト感や自然の感じを出したり、高級感を出したりする特殊な印刷方法を開発した。外観をみると、あたかもゾウガンしたようにみえるので高級感がある。ゾウガンではないが、ゾウガンに見えることから「擬似ゾウガン」と名付けた。
工法はミクロン単位で切るのでレーザー光を使わないとできない。あるとき、顧客から依頼されたゾウガン印刷の試作品を製造するとき、間違えてゾウガン部分だけではなく素材まで切り込みを入れてしまった。ところがこの失敗作を見ると、ゾウガン部分が擬似ゾウガンとはまったく違い、より本物に近い疑似ゾウガン印刷に仕上がっていた。
長島社長はこの技術を米国、韓国、中国、ドイツ、日本などに特許として出願し、この技法を「レーザーゾーガン」と名付けて商標登録し、商標権を取得した。同社はいま海外への展開を始めており、県も知的財産権を武器にしたグローバルな戦略になるように支援しているという。
埼玉県の知財戦略でもう一つの特長は、映像コンテンツ産業活性化へ向けた環境作りである。県内に映像コンテンツの基盤があるため、それをさらに強化して他県にはない知財展開をしようという戦略だろう。
また県内の主要な農作物のブランド推進を目指しており、大消費都市の東京に供給する作物のブランド化に取り組んでいる。
このような知財戦略は、確実に地域産業を進化させて産業競争力をつけ、さらに産業振興による雇用創出にもつながっていく。知財戦略は国家の柱の整備から着実に地方へと広がっていることを感じる。