知財の正当な権利を認めた中国・雲南省の裁判所(1)
正義も義理も人情もない中国人技術者と闘った日本企業の全面勝訴
日本企業の正義の主張を裁判所が認めた画期的判決
中国・雲南省に進出した日本のバイオ企業が現地で採用した中国人技術者に製造技術のノウハウを盗まれ、技術者は辞めてウリ二つのコピー工場を建設した。
しかも盗んだノウハウを先に実用新案登録し、製造した製品を日本へ輸出し始めた。現地の日本企業は、雲南省の裁判所に実用新案の帰属を取り戻す訴訟を起こし、一、二審とも全面勝訴した。
地方保護主義の色濃いと思われていた中国の地方裁判所は、日本企業の主張する正義を全面的に認めた画期的な判決を出したが、それに比べまったく反省の色がない中国人技術者らの行動に、中国国内でも批判の声があがっている。
正義に反する企業が製造した製品を輸入している日本企業は、企業倫理に基づいたビジネスをやるべきではないか。中国の反社会的なビジネスに手を貸す企業は、断固として許すわけにいかない。
この事件は、中国で活動する日本企業にとって見逃すことのできない重大な課題と教訓が多数出てきたものである。このコラムで数回にわたって事件の詳報をお届けする。
人間関係と事実関係を整理する
この裁判に勝訴した日本企業は、昆明バイオジェニック(渡部政博・薫事長=代表)(以下、昆明バイオと呼称)である。東証1部上場企業の子会社のバ イオジェニック株式会社の100パーセント子会社であり、2004年7月に中国雲南省の省都である昆明市に独資の会社を設立し、郊外の広大な工場敷地にバ イオプラントを建設して2005年8月から操業を開始した。
昆明バイオジェニック社の衛星写真である。写真で見る敷地は、横550メートル、奥行き110メートルで総面積約6万平米の広大な土地に藻類のリアクターが整然と並んでいる。右端の白い建物が生産棟である。
同社がこの工場で製造している製品は、抗酸化作用があり最近、健康食品や化粧品への添加物として人気が出ているアスタキサンチンである。アスタキサ ンチンはカニ・エビなどの甲殻類の殻やサケの身の部分に見られる赤い色素で、自然界にも広く分布している。このアスタキサンチンを高濃度に蓄積しているヘ マトコッカスという藻類を人工的に効率よく培養し、ヘマトコッカスで産生されたアスタキサンチンを採取して製品にする。
アスタキサンチンの人工培養は、日照時間が長くないと効率が悪い。そこでバイオジェニック社は、高地にあって気候もよく年間を通じて日照時間が長い中国雲南省の昆明市の郊外に培養工場を建設した。同市の外国企業誘致の施策とも合致したものであった。
培養技術は、自社で試行錯誤を繰り返しながら独自に開発していったもので、プラントの機器類も独自に開発しながら効率のいい培養法を確立した。
従業員は原則、現地採用とし、日本からは技術者とマネジメント管理者ら、できるだけ少ないスタッフで運営する方針で進めた。
昆明での操業から2カ月後に、日本のバイオジェニック社の中国人スタッフZの紹介で四川大学・生物科学科を卒業し、化学関係の企業に勤務していた当時23歳のPが入社してきた。
Pは優秀な技術者であり、日本から昆明に駐在する日本人技術者から開発手法を伝授され、たちまち一人前の技術スタッフとして成長していった。性格も 明るく素直であり、日本人の幹部も自分の親族のように可愛がり、Pの自宅にもたびたび訪問して家族同様の付き合いへと発展した。
Pの入社の翌年の2005年3月、Pの紹介で大学の同級生のRが入社してきた。Rも技術指導を受けて一人前の技術者として育ち、昆明バイオ社の中堅 技術者として活動するようになった。Pはやがて同社の設備科科長に昇進し、Rも中堅技術者としてプラントの中心業務を担当するようになった。
アスタキサンチンを培養する工程は、太陽光を受けるように作られたガラス管の中で、ヘマトコッカスに栄養分を与えて水を循環させ、ヘマトコッカスの細胞を増殖させることである。細胞密度が一定の条件になったところで休眠細胞にしてアスタキサンチンを蓄積させる。
プラント稼働は、この工程を効率よく動かしていかにコストを抑えてアスタキサンチンを採取できるかどうかがカギであり、ガラス管の配置や設備の方法も試行錯誤の中から最適の方法を確立する。
このように現地の技術者と日本から行っている技術者らが一体となって新しい培養技術と培養機材、プラント建設などを開発したが、中国で特許や実用新 案として出願するといずれ公開されてしまう。そこで昆明バイオ社は、特許・実用新案には出願しないで、自社のノウハウとして秘匿する方針にした。
昆明バイオ社で開発した藻類を効率よく培養するときに横型のガラスパイプ。中に藻類の入った培養液があり循環している。太陽光によって培養が効率よく行われる。
一方、中堅技術者として成長していったPとRは、やがてプラント建設で使う機材を扱う業者で7歳年上の設備供給業者のJとも知り合いとなった。
さらに四川大学同級生であるが専攻は計算機応用学であり、当時、コンピュータ企業に勤務していたKとも親しく付き合っていた。
整理するとP、Rは四川大学・生物科学科の同級生で昆明バイオ社の技術社員である。この2人に、四川大学同窓生で計算機応用学専攻のKと昆明バイオ社の出入り業者Jが加わり、やがて別会社を設立することを画策するグループを形成することになる。
突然の退社から忽然と現れたコピー工場
昆明バイオ社の親会社である日本のバイオジェニック社に勤務していた中国人のZが、2009年3月に辞めていった。同社の将来の運営に賛成できない というのが理由であった。それから4か月後の同年7月、突然、Pが辞めると言い出した。理由は、高額報酬を出す広告代理店に転職したいというものだった。
これまで家族同様に付き合ってきた同社の幹部社員は、しきりに退社をとめたが、高額報酬を得られる新しい分野に挑戦したいという熱意を認めざるを得ず、盛大な送別会をして気持ち良く送り出した。
翌2010年の春先、昆明バイオ社は衝撃的な事実を日本の企業から知らされる。昆明市の郊外に昆明バイオ社とよく似た工場が操業しており、ヘマト コッカスを培養してアスタキサンチンを製造しているという。アスタキサンチンを日本の企業に販売しようとしているという情報だった。
同社スタッフが、インターネットで調べて見ると、アスタキサンチンを製造する石林バイオテックという企業が操業を始めており、そこには誇らしげに実 用新案4件を出願していることを公開していた。びっくりした昆明バイオ社のスタッフが近郊を調査してみると、外部からは見えにくい地形の場所に、自社のプ ラントとウリ二つの工場が建設されていた。
昆明市郊外の石林地区に建設されていた石林バイオテック社のプラント。横型のガラスパイプが整然と並び、昆明バイオ社のコピープラントだった。
昆明バイオ社が4件の実用新案の内容を調べて見たところ、いずれも自社が開発した技術そのものであった。そのうちの1件の実用新案(登録番 号:ZL200920130294.4)の発明者は、辞めて行ったPと昆明バイオ社に勤務しPの後任として設備科科長になったRの名前になっており、さら に大学の同級生でコンピュータ技術者のK、同社の出入り業者のJの4人の名前になっていた。
そして実用新案の出願人には、その中の1人のJになっていた。
さらに驚いたことは、この実用新案を出願した日付は、Pが辞めて行った2009年7月より3カ月前の4月に出願されたものであり、会社に勤務している時期にこっそりと実用新案を出願をしていたことが判明した。
残りの3件の実用新案の発明者と出願人は、コンピュータ技術者のKの名前になっていた。
昆明バイオ社は、P、Rの在社中に使用したパソコンやメールの内容を精査したところ、驚くべきことが次々と出てきた。石林バイオテックを設立するとき、投資に呼びかける文書やその会社の役割分担を書いた詳細な企画書が発見された。
企画書にある製造技術やプラントは、昆明バイオ社が行っているそのものであり、アスタキサンチンの製造に関する各種の技術データやアスタキサンチンを製造している世界のライバル企業などのデータは、昆明バイオ社でファイルしているものをコピーしたものだった。
在職中だったP、Rの石林バイオテックでの役割は、技術と品質管理のトップになっており、同級生でコンピュータ技術者のKも経営の中心になっていた。PもRも昆明バイオ社に入社する際には、秘密保持契約を結んでいる。到底許されない行為だった。
怒り心頭に発した昆明バイオ社は、2011年1月、「登録番号:ZL200920130294.4」の実用新案は、社員が勤務中に職務発明して出願 したものであり、権利は昆明バイオ社に帰属するものであるとして発明と出願に名前を連ねていたP、R、J、Kの4人を相手取り、昆明市中級人民法院(昆明 地裁)にこの実用新案の権利は会社に帰属するとの訴えを起こした。
同法院は訴えを受理し、審理に入った。この事実は日本人関係者の間でも注目されるようになっていたが、果たして昆明バイオ社の正義を中国の地方裁判所が認めてくれるかどうか危惧する意見も多かった。
主とした理由は3つあった。
第1に、中国で知財侵害に会った多くの日本企業が裁判や行政に訴えても、中国の地方保護主義に拒まれ、正義が勝つとは限らない事例が多数ある。知財を侵害するニセモノ製造工場であっても、地方においては雇用を創出する産業であり、売上があれば税収にも結び付いている。
このような事情から、商標、意匠侵害を担当する工商行政管理局、実用新案、特許などの侵害を担当する品質技術監督局、著作権違反を担当する文化局などは、ニセモノ製品の流通を甘く見る傾向がある。
たとえ侵害案件が司法に持ち込まれても、行政の意を受けた形で司法判断も侵害に甘くなる。日本企業がびっくりするような判決がいくつも出ている。
被害者が外国の企業の場合は、どうしても放置する傾向がある。これは中国人知財担当者らも認めている事実だった。
第2の理由は、この案件はすでに登録されている実用新案権を日本企業に取り戻そうとする訴訟である。発明者に名前の出ている2人は、企業に勤務した 経歴があるが、出願人となって実際に実用新案権の権利者になっている人物は、昆明バイオ社に勤務したことがない。このような状況の中で権利の帰属を求める のは至難の業である。法理論を根拠にして原告の主張を認めさせるのはかなり難しいのではないか。中国の地方裁判所が果たして正当な法理論の判断をするもの かどうかやはり危惧する声が多かった。
第3の理由は、中国特有の社会風土である。訴えられた4人の中でも「主犯格」になっているPの両親は、中国のスポーツ界の有力な指導者になっている。特に昆明市では絶大な力を持っていると見られていた。
有力な人物の息子が訴訟に巻き込まれても、中国社会の独特なあの手この手で手を回し、自分に有利な判断に持ち込むことが多いのである。これは中国人たちの見方でもあった。
しかし昆明バイオ社は、不正の事実を積み上げて正義を訴えれば司法判断も自社の言い分を認めるとの信念で訴訟に取り組んでいった。結果的にはその信念が勝った。地方保護主義もなかった。
しかし、盗まれた技術で製造している工場はまだ健在であり、相変わらず製造して輸出している。これを止めなければ判決の実質的な効力はない。
昆明バイオ社は、刑事犯罪として中国の公安当局に訴えた。第2幕が始まっている。
日本国内にもこの事件は波及してきている。と言うのは、昆明バイオ社在職中に勝手に実用新案を登録し、コピー工場を作ったPを紹介し、同社を辞めて いった元バイオジェニック社の中国人Zは、現在このコピー工場から原料を仕入れて中国国内で製品化し、日本で販売する企業の経営者になっている。
これが許されると日中のビジネスは、企業間のルールも倫理もないことになる。国内での対応策が検討され始めている。
この稿ではまず、裁判で原告、被告がどのような主張をし、裁判所はどう判断したのか。その内容を詳細に紹介していきたい。
この裁判の流れは、中国で活動する多くの日本企業の参考になるものと理解したからである。
(続く)