コラム

知財の正当な権利を認めた中国・雲南省の裁判所(2)

正義も義理も人情もない中国人技術者と闘った日本企業の全面勝訴

 

その後の動きを紹介

中国で活動する日本企業は様々な問題に悩まされているが、その代表的な例がこのような知財の紛争問題である。これは日本にとって経済安全保障問題であり、中国での企業活動の最重要課題でもある。

なぜなら、似たような事件が続出しているからである。しかしほとんどの企業は、その詳細を公表しないために日本企業の間で情報の共有ができず、教訓になっていない。その実態については、次回以降に検証して報告する。

これまで筆者に寄せられている知財関係者からのコメントの要旨は、次のようなものだ。

雲南省知財事件は、中国の裁判所も違法と認めており、これは犯罪だ。これは画期的な判決であり、日本企業の共通情報として共有したい。是非、判決文の内容を知りたい。
日中の知財紛争は、年々増加しているが、企業は紛争の内容を公表しないことが多い。今回は原告が全面的に情報開示しているので教訓となる。これを良き先例とするべきだ。
雲南省の公安の動きはどうなっているのか。その後の動きを報告してほしい。もし中国公安当局が刑事訴追をうやむやにするようなら、日中共通の知財問題として、日中政府間で取りあげるよう働きかけるべきだ。

代表的な意見はこのようなものだった。

筆者は、2000年から中国社会の変貌と日中の関係をフォローしてきたが、このように大きな反響は初めてである。
筆者は、文部科学省・科学技術振興機構(JST)の中国総合研究センターのセンター長を2005年から約2年間やった経歴があり、中国政府機関をはじめ多くの中国の知財関係者や大学関係者らと交流がある。

中国の知財関係の弁護士や弁理士は、今回の事件は「許されない事案」として共通の価値観を持っており、「中国が途上国を脱して真の発展する近代国家に脱皮するためには、このような事件は絶対に許されない」と明言している。

この判決文の全文は、中国のインターネットでも掲載されている。
判決文はすべて実名で書かれており、公表されているサイトでもそうなっている。このサイトの判決文の一部がマスキングされているが、その部分は実用新案の登録番号が記入されている。

雲南省の裁判の争点を整理
この問題を分かりやすくするために、争点を整理する。

原告 昆明バイオジェニック社(日本企業の独資の企業)
被告 中国人4人(昆明バイオジェニック社の元社員P、Rとその友人K、昆明バイオジェニック社の出入り業者J)
訴えた内容
被告ら4人が出願して取得した実用新案は、職務発明でありその権利の帰属は昆明バイオジェニック社にあるので、権利を自社に戻すことを請求する。

この訴えに対し被告側は、激しく抗弁した。その中でも法理論上、非常に難しい判断があったのでそれを整理したい。

被告側の言い分

1. 当該実用新案権は、すでに権利は消滅しているので、原告は訴える利益がない。(被告は、訴訟が起きた後に中国知識産権局(中国特許庁)へ支払うべき登録料を滞納し、権利を意図的に放棄したと思われる。)
2. 当該実用新案の権利者(出願者)Jは、昆明バイオジェニック社とは無関係の人間であり、原告は訴える権利はない。
3. 被告は、独自に発明した技術を実用新案として出願・登録したものであり、原告のいうところの職務上の発明ではない。
4. 当該実用新案技術は、インターネット情報や文献などですでに知られた内容であり、原告が言う権利の対象にならない。

などだった。

コピー工場の存在を確認した昆明バイオジェニック社は、実用新案の発明者に名前を連ねているRを知って仰天した。コピー工場の存在を確認した時点で、まだ昆明バイオジェニック社に在職中だったからだ。

もし、このコピー工場の建設に関与していた場合は、許しがたい社員と言わざるを得ない。

雲南省の裁判所に提訴する前、昆明バイオジェニック社はRに対し、弁護士らの立ち会いをもとに事実関係について事情聴取した。それに対しRは次のように述べ、供述内容を書面にしたものは真実であるとして署名捺印した。

Rの署名捺印のある口述内容の要旨

1. P、Rは四川大学生物科の卒業であり、藻類の培養技術を理解している。
2. Kは四川大学同級生のコンピューター技術者であり、藻類培養には全く知識がない。
3. Jは昆明バイオジェニック社の出入り業者であり、藻類培養について理解していた。
4. Rは実用新案出願の違法性を正確に認識しており、この間違いを認めた。そして昆明バイオジェニック社で引き続き働くことに同意する。

この文書が書かれた日時は、第1回口頭弁論が開廷される前日の夜だった。

これは有力な証拠となる陳述書である。昆明バイオジェニック社はこれも有力な証拠として準備し、第1回口頭弁論に出頭した。

その口頭弁論の日の朝、Rは被告側に寝返った。この陳述書は「昆明バイオジェニック社に脅迫されて作成された文書である」と裁判所に訴えた。
昆明バイオジェニック社にとっては、寝耳に水の訴えであった。

しかし裁判所は、最終的に昆明バイオジェニック社の言い分を認めた。

以上のような経過をたどったが、原告は、いずれにも反駁する意見を提出し、判決を待った。

昆明市中級人民法院の判決内容
昆明市中級人民法院(日本の地裁にあたる)は、要旨次のような判決をくだした。

1. 被告の4人のうち、PとRの2人は、いずれも昆明バイオジェニック社の社員だった。2人は四川大学の同級生であり、昆明バイオジェニック社では藻類の培養技術プラントの開発を担当した。
2. 被告Kは、P、Rと四川大学同級生であり友人だった。しかしKは、コンピューター技術者であり、生物関係の知識はなかった。
3. 当該実用新案の権利は消滅しているが、昆明バイオジェニック社は実用新案有効期間内での提訴であり、権利帰属の主張を認める。
4. 当該実用新案の発明者になっているKとJは、自身の供述と矛盾しており知恵の投入は認められず、発明者ではない。
5. Rの陳述書は、昆明バイオジェニック社に脅迫されて書いたものとRは主張したが、脅迫したことや昆明バイオジェニック社の利益誘導の確認はできなかった。
6. 被告が主張する「当該実用新案技術は、インターネットの情報や資料で公開されている技術」であるとの主張を証明する根拠はなかった。
7. P、Rは、明らかに昆明バイオジェニック社の研究開発に取り組んだ技術者であり、職務発明を実用新案として登録したものである。

こうした理由をあげて、裁判所は次ように判決した。

被告Jは当該紛争実用新案の発明者ではなく、P、Rから当該紛争実用新案技術を獲得し、申請して特許権利人になったということが4人の被告の間の利益分配であり、善意の獲得ではなくその権利の由来、法律には根拠がなく、無効に属する。

従って当該実用新案の権利は、昆明バイオジェニック社に帰属する。

一審の昆明市中級人民法院は、原告・昆明バイオジェニック社の言い分を全面的に認め、被告4人の違法行為を示した。

この判決を不服として被告側は控訴した。

しかし控訴したのは4人ではなく2人であった。Kは初めから控訴しなかった。Jは控訴の意思表示をしていたが、裁判所の召喚に応じなかったため、裁判所は控訴人とは認めなかった。

雲南省高級人民法院(高裁)の判断
全面的に負けた4人の被告のうち2人だけが控訴したことになるが、高級人民法院は次のように判決した。

1. Rが昆明バイオジェニック社に陳述した内容は、本人の事実の意思であり、尚且つRが脅迫されたため真実に相違がある陳述をした有力な根拠を提出できていない。
2. PとRは藻類の増殖用システム研発チームの担当責任者及び成員である。PとRは微細藻類培養システムの核心技術に接触できる環境にあった。
3. Kは一審審理中、本人が知らない状況下で紛争実用新案の発明者に掲げられたと陳述した。当該陳述は自分自身が実用新案技術の研発に参入していなかったということを認めていることになる。
これは「調査取証尋問筆録」(昆明バイオジェニック社がRから事情聴取をした時の書面)でRが供述した、Kが実用新案技術を把握していないということを 裏付けた。Rは自分が脅迫されたため事実と相違があることを供述したことを証明することに関して、当院の見解は、脅迫に関わる内容が記載されてないため、 Rの言い分は成立できない。
4. Kは当該実用新案技術を研究開発する能力を保有し、かつ当該実用新案に対して確かに 研発活動を行ったことを証明できる証拠を提出できていない。微細藻類培養システム関係の学術論文資料を提出してきたが、提出された資料ではK自身が当該実 用新案技術を研究開発したことを証明できない。
5.

P、Rが企業の研究開発員の身分、並びに企業の物質、技術条件を利用し紛争当該実用新案の発明創造を完成させた。当該紛争実用新案技術は職務発明に属すべきである。当該職務発明は昆明バイオジェニック社に属すべきである。

以上の理由をあげ、高級人民法院は、一審の判決を維持するとの判決をくだした。

以上がこの訴訟の中級人民法院と高級人民法院の判断の大略である。

中国の知財訴訟は2審制であり、この訴訟はこれで決着した。
控訴審判決の最後に「本判決が終審判決である。」と記述している。

この事件はまだ解決していない
これで日本企業の全面的な勝訴となった。しかし、この事件はまだ解決していない。

まず中国の法廷で違法行為が明確に認定されたが、依然としてこのコピー工場は操業を続けており、その製品は世界中に出荷されている。
これを阻止し、このコピー工場の操業停止を実現しなければ意味がない。

中国全土に39箇所の拠点を持ち、2600人の弁護士を擁している大成律師事務所のパートナー弁護士で日本業務部に所属している方新弁護士は、次のように語っている。

「最近、中国の知財侵害の事例に大きな変化が出ている。従来のように商標などのデッドコピーなどの単純なものではなく、技術を盗用して事業化するなど手口が高度化、悪質化している。

雲南省の事例は、中国の有名大学の出身者がグループ化して技術を盗用したものであり、中国の技術者の不正を裁判所が認めたものだ。日本企業にとって は救われた判決である。しかしコピー工場が操業を続けている限り実効性がないので、これからも徹底的に相手側と闘うことが大事だ」

このような見解は、日本の法曹関係者と企業の間でも広がっており、日本企業が中国での不正を徹底的に闘うべきという意見が相次いでいる。また、利益 だけ考えて中国の不正企業と取引する日本企業がある場合は、社会正義のために徹底して糾弾するべきという声が大きくなってきている。

方新弁護士は「このような不法行為がまかり通ることになると、他の社員や技術者もやってみようということになるので、非常に危険である。このような ことは許されないという厳しい対応を日本企業が取ることが大事だ。そのような対応は、結果的に中国の正常な技術の発展にも寄与することになる」と語ってい る。

(続く)

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