コラム

特許審査に大きな影響を与えるPBPクレームの最高裁判決

プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム特許)の解釈で最高裁は新判断を示し、産業界だけでなく特許庁の審査官の間にも大きな波紋を広げている。どのような判断を示されたのか。原田雅章知財事務所の原田雅章弁理士の解説・コメントをもとに報告したい。

訴訟の概況

争いは高脂血症、家族性高コレステロール血症の治療に用いられる薬剤の特許をめぐるものである。肝臓のコレステロール合成をHMG-CoA還元酵素阻害作用によって、血液中のコレステロールを低下させ、血清脂質を改善させる薬剤だ。

開発したのは、ハンガリーの医薬品企業、テバ ジョジセルジャール ザートケルエン ムケド レースベニュタールシャシャーグ(テバ社)で、日本で取得した特許(3737801号)を侵害したとして『プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」』を製造・販売している協和発酵キリン株式会社を特許侵害で訴えたものだ。

一審の東京地裁は、2010年3月、「協和発酵キリンの製品は、テバ社特許の技術的範囲に属さないので、テバ社の請求を棄却する」と協和発酵キリン勝訴の判決を言い渡した。

これを不服としたテバ社は、原判決を取り消し、協和発酵キリンの錠剤の製造・販売の差止を求めて知財高裁に控訴した。

知財高裁は、2012年1月、一審の判決を支持し控訴を棄却した。 (平成22(ネ)10043)

この裁判の争点は、協和発酵キリンの製造するプラバスタチンNa塩錠は、テバ社の錠剤とは異なる方法で製造されているが薬剤としてはほぼ同一のものであり、これが特許権を侵害しているかどうかが争われたものだ。

テバ社の特許請求項は、PBPクレームで記載されたもので、次のように記載されている。

次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして

e)プラバスタチンナトリウム単離すること、

を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が

0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

知財高裁は、このPBPクレーム特許に着目した。テバ社が特許出願の際、製造方法を記載した場合は「特許の範囲は、その製造方法で製造された物に限られる」と判断し、製造法が違うのでプラバスタチン錠は、テバ社の特許権を侵害していないとの判断を示した。


プラバスタチン錠

 

知財高裁の大合議体

知財高裁は、重要な判断を求められた場合、裁判官を5人にした大合議体を構成することになっている。本件控訴審で大合議体が構成されたが、これはほぼ4年ぶりの構成でありPBPクレーム特許の判断を慎重に取り組む姿勢を見せた。

知財高裁の大合議体は、知財訴訟としては最高裁の裁判に近いものであり、重要な案件のときだけ構成される。当然、出た判決も判例として長く引用されることになる。

知財高裁は、知財訴訟としてはほとんど最終判断と受け止められているため、上告しても棄却されるのだろうというのが大筋の予想だった。ところがふたを開けてみると、知財高裁の判決を破棄し、改めてこの特許が有効かどうか審理するように知財高裁に差し戻しを言い渡した。

知財高裁の大合議体の判決が最高裁で取り消されたのは初めてである。知財高裁の判断は、知財訴訟では最終判断とする認識が崩れたことになる。

最高裁はどのように判断したのか

最高裁は、2015年6月5日に判決を言い渡した。

注目されたPBPクレーム特許の解釈は、知財高裁の判断では、製法が違えばほぼ同じ錠剤であっても特許侵害に当たらないとした。

これに対し最高裁は、製法が違っても当該製法により製造された物の構造、特性が同一であれば侵害に当たると判断した。

知財高裁は「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における当該発明の技術的範囲は、当該物をその構造又は特性 により直接特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときでない限り、特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物 に限定して確定される」とし、特許の範囲に属さないと判断していた。

これに対し最高裁は、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、その特許発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定される」との判断を示した。

さ らに「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在する場合に限られ、その ような事情がない場合は、特許法36条6項2号(特許を受けようとする発明が明確であること)という要件を充足しないことにより無効である」とした。

これはPBPクレーム特許の効力が、請求項で特定された方法以外で製造された物にも及ぶと判断したものだ。

差し戻しの判断と広がる波紋

係争は、知財高裁に差し戻された。

テバ社の本件発明が「発明が明確であること」という要件に適合するか(本件特許が無効かどうか)、を再度判断することを求めたものである。

協和発酵キリン社は、最高裁判決を受けて同社のHPに見解を発表した。それによると「本件発明には、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特 定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在しないことが明らかで、この基準に従えば本件特許は無効であると理解しており、差し 戻し後の知財高裁で適切な判断がなされることを期待しております」と表明している。

つまり知財高裁は特許無効とすることを期待したものだ。特許無効となれば、本件の特許侵害はなかったとすることと同じ結論になる。

ところで、この判決によって特許実務や動向に与える影響は非常に大きいとする観測が広がっている。ある大手特許事務所の所長は「本件は製薬の特許ですが、判決の影響が及ぶ範囲は、化学系はもちろん電機や機械系の特許にも広がると思われます」とのその波紋を予見している。

さらにすでに成立している「特許の1割や2割は、無効理由を持つことになりそうです」との見解も述べており、このままでは出願も減ることになるだろう。

現行の特許の審査基準も否定される部分が出てくるので、審査基準の改定はどうなるか注目が集まっている。

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