コラム

特許出願件数で圧倒しても市場で勝てない日本企業

椿山荘で開催された日本知的財産協会の総会
椿山荘で開催された日本知的財産協会の総会

日本知的財産協会(知財協)の2010年度総会と記念講演、懇親会が先ごろ東京・椿山荘で開かれ、多くの知財関係者らと懇談した。

総会の記念講演では、小川紘一・東大特任教授が、「国際標準化と知財マネジメント」のタイトルで講演した。この中で小川教授は、エレクトロ二クス産 業の現場では、特許の大半を日本企業が握っているにもかかわらず、グローバル市場ではエレクトロ二クス関連の製品市場のシェアを短期間に後発国に席巻され て市場を失っている現状を分析し、日本型ビジネスモデルの限界とこれからのビジネスモデルを提示し、大きな感銘を与えた。

小川教授が示した最大の論点は、次のように整理できる。

1.90年代からデジタル技術によって世界の産業界の大変革期に入った。

2.アナログ・デファクト標準化によるクローズド・フルセット垂直統合型モノ作りでは日本は強みを発揮したが、デジタル・オープン標準化によって国際分業化が進むと、アジア諸国・地域が大躍進して市場を席巻した。

3.エレクトロニクス産業では、日本企業が多くの特許を取得しているが、そこに投資された研究開発費は回収されず、国際競争力に寄与していない。

4.これはエレクトロニクス産業だけに限らず、多くの産業領域で類似の経営環境が到来している。

これは、高度経済成長期に確立された日本型ビジネスモデルの終焉であり、いまこそ新しい時代と産業変革に即した研究開発、知財取得と戦略、ビジネスモデルを構築する必要があることを明確に示したものだ。

これは筆者が主張してきた「いまこの時代は第3次産業革命」という時代認識と一致しており、革命を起こしている「武器」はITであり、その関連技術の国際的な拡大を小川教授は「国際標準化」という言葉と定義で置き換えている。

これまで理解されてきた国際標準化とはやや違ったカテゴリーで語ったものであり、ビジネス方法に近い解釈で標準化を語った点で非常に斬新な論点になった。

小川教授は、このような考えをまとめた「国際標準化と事業戦略」(小川紘一著、白桃書房)を刊行し、その詳細な検証と提言を発表している。

この本には、国際標準化というタイトルがついているので、標準化の本かなと思うが、実は知的財産権の戦略とビジネスモデルを検証したものであり、技術開発、経営者には必読の本である。

ここでは小川教授のこの本の内容と知財協講演の内容をベースに、筆者の検証を試みてみたい。

まず、小川教授が示したデータでショックだったのは、液晶技術の開発である。液晶の日本での特許登録を見ると2005年5月末までに日本企業の上位12社だけで2万3468件である。韓国企業は3社で224件、台湾企業は6社で30件であった。

アメリカ特許の同時期の様子を見ると、日本は上位12社だけで2万1916件、韓国企業は3社で2792件、台湾企業は6社で349件である。

この数字は、液晶技術の開発では、圧倒的に日本が強いことを示している。

ところが液晶パネルの市場動向を見ると、日本はつるべ落としに下降線を描いている。1995年ころには、日本がほぼ100パーセントのシェアを誇っ ていたが、99年には60パーセント、2004年には20パーセントそして、2005年には10パーセント以下にまで転落した。

このように日本企業のエレクトロニクス製品のグローバル市場でのシェアが急下降している例は、DVDプレーヤー、カーナビ、太陽光発電パネルなどにも見られることを小川教授は指摘している。

このような現象は、今年2月に開催された財団法人光産業技術新興協会の「平成21年度特許フォーラム」でも報告されている。

この報告は、光産業関係の大手企業の技術者が分析したものである。CDやDVDに代表される光メモリの開発では、2つの流れがあった。

1つは、パナソニック・ソニー・パイオニア・日立製作所・LG電子・フィリップス・サムスン電子・シャープ・トムソンの9社が中心となって開発した大容量記録ディスク「ブルーレイ」である。

2つ目は、東芝、NECが主体となって開発したHD DVDである。

この2つの技術採用をめぐっては規格争いがあった。しかし、2008年2月19日、HD DVDが撤退を表明して次世代DVDの規格争いはブルーレイディスクの採用で決着した。

青紫色のレーザーで読み取っていることからブルーレイと呼ばれるようになったものだ。この技術開発では日本企業が圧倒的に強く、各社とも特許出願・登録を積み上げていた。

光メモリ関係の特許公開・登録件数の日米欧の動向
光メモリ関係の特許公開・登録件数の日米欧の動向
(財団法人光産業技術新興協会の「平成21年度特許フォーラム」の発表による)

グラフで見るように、米欧で公開、登録された件数と日本での公開件数を見ると圧倒的に日本が件数で上回っている。

調査を行った日立の安岡正博氏は次のように報告した。

① 日米欧の特許出願・登録は、減少傾向が続いており、今後さらに減少するだろう。2009年の日本の公開特許件数は、前年比マイナス25%の大幅減少となった。

② 2009年の米国登録特許は、前年比マイナス11%であり、このうち約6割を占める日本出願人による件数はマイナス12%だった。

③ 2009年欧州公開特許件数は、マイナス38%の大幅減少であり、約3割を占める欧州出願人の件数はマイナス46%と激減した。

このような動向を見るとブルーレイの技術開発競争はすでに峠を越したと見るべきではないか。光メモリの記録密度は光の持つ波動性で決まるが、ブルーレイ光メモリは、ほぼ理論的限界になっていると言われており、この数年で製品の売上を急激に伸ばしている。

光技術振興協会の小谷泰久専務理事によると「ブルーレイは日本の大発明と言っていい技術だが、実用化の普及が早く開発メーカーは十分に利益を確保しないうちに過当競争に入ったのではないか」とコメントしている。

ブルーレイの販売シェアでも、後発国のメーカーが急速にシェアを伸ばしており、小川教授の検証した国際標準化による競争でまたも日本企業が負け組みになっていくのかどうか。この数年のうちにその帰趨が分かるだろう。

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