コラム

特許侵害判決の賠償額が低すぎる日本の裁判

プロパテント政策の期待を裏切った知財高裁

特許の価値は、侵害されたときに裁判所から言い渡される損害賠償金の支払い額で決まる。1990年代までの20世紀の時代、日本では特許の「侵害し得」 「侵害され損」の国と言われていた。侵害しても裁判所で言い渡される損害賠償金の支払い額は、原告が侵害された時期に売り上げたと思われる額に利子をつけ た額だった。

侵害した方の立場で言えば、侵害がばれてもその間に売り上げた額を払えば済んでしまう。アメリカのように懲罰的な3倍賠償金の支払いがないから、ばれて 元々という気持ちではないか。JRのキセル乗車でもばれれば3倍の罰金があるのに特許の侵害はおかしいのではないか。このように言われ続けていた。

日本がプロパテント(特許重視)政策の切り札として2005年4月1日に創設した知財高裁は、まさに知財を重視する国、知財立国への大きな期待を担っていた。あれから10年、どう変わったか。

結論から言うと、何も変わらなかった。

知財立国は、裁判所の判断を見る限り諸外国から遅れに遅れ、外国からは信頼されない知財司法になってしまった。

日本で侵害訴訟をしても意味がないという外国企業

近年、日本特許庁への特許出願件数が減少している。企業などが出願案件を厳選しているからであり、外国出願に比重を置いているからでもある。しかしこれだけではない。

アメリカの著名な企業の知財担当者が関係者だけが参加しているシンポジウムで「外国出願する国を選ぶ基準は何か」と訊かれたとき「訴訟で勝ったときに取れる賠償額の大きい国に出願する」と語った。

日本で特許を取っても、裁判で守ってもらえないなら取っても意味がない。外国の企業は日本での特許出願を抑えるし訴訟もしなくなってしまった。

それでは、外国と比べて日本の特許侵害訴訟の賠償金支払い判決額は、どう違うのか。このような統計は公式には発表されていないので、様々なルートや情報を使って調べてみた。まず日米の損害賠償金額トップ10の表である。

日本の特許侵害訴訟に関わる損害賠償金額トップ10(10万円以下切捨て)

意匠権侵害事件としては、本田技研工業が鈴木自動車工業を訴えた訴訟で、1973年5月、東京地裁は鈴木自動車工業に対し7億6100万円の損害賠償金の支払いを命じる判決を出している例がある。

アメリカの損害賠償金額トップ10

この表を見ると、まさに日米の特許侵害訴訟の賠償額はケタが違う。日米の物価の差があるもののこれでは格差がありすぎるのではないか。アメリカ人が、日本で特許侵害訴訟を起こしても意味がないと考えるのはもっともなことではないか。

もっとショッキングなことがあった。中国の知財専門の弁護士が、「日本企業の経営者は、中国でひどい侵害を受けているのに、司法や行政に訴えてこの不正をつぶそうという気概がありません」と嘆いていた。

そこで中国の北京銘碩国際特許法律事務所で調べてもらったところ、中国の特許、実用新案、商標、意匠侵害訴訟での損害賠償金支払い額のトップ10は表のとおりである。

中国の特許、実用新案、意匠権に関わる損害賠償金額トップ8(北京銘碩国際特許法律事務所調べ)

中国は知財訴訟王国になっており、すでに訴訟国家と言われるアメリカの2倍の訴訟件数に達している。中国人・企業と外国企業の知財訴訟が、これから続発するのではないかと予想される。

この表を見ても、日本の特許侵害訴訟の損害賠償金額を中国がすでに追い越しており、日本が低すぎることがわかる。なぜ日本は、このように特許の価値を認めないのだろうか。

iPodのクリックホイール特許侵害での賠償金も低すぎる

2013年10月、日本の個人発明家がアップルの携帯音楽プレーヤーiPodのクリックホイールは特許侵害だとして訴えた判決があった。侵害が認められたが賠償額はたったの3億3664万円だった。

知 財関係者に聞いてみるとアメリカの裁判なら100億円以上になっただろうと語っている。裁判所は3億円余の賠償金の根拠として、販売台数と実施料率から算 定したことを示している。ところがその肝心な部分は黒く塗りつぶされているので、裁判所の言う「相当な実施料率」が分からない。

判決文の算定料率を示した部分を抜き取ると、下記のように黒く塗りつぶされているので不明になっている。裁判所はよほど自信がないものと思われる。


iPodクリックホイール訴訟1審の実施料率の判決文の一部

この判決について、創英国際特許法律事務所の長谷川芳樹所長は「ソウエイヴォイス August 2014」の「視点」で次のように論評している。

「日 本の裁判所は損害賠償額は数億円という相場観で判決を出しているのではないか」として実施料率を低く見積もった理由として、「アップルの販売活動、広告宣 伝活動で頑張ったのでヒット商品になった事情などから実施料率を低くしたという趣旨が読み取れる」としている。そしてこれは「最初から結論ありきの判決 だ」とコメントしている。

知財関係者の間では以前から、裁判所は判決を言い渡された企業側に遠慮して低くしているのではないかとか、高い賠償金支払いを言い渡すと世の中が騒がしくなるので、この程度という相場観でやっているのではないか、などのコメントも出ている。

世界は知識社会に大きく舵を切り、途上国も先進国も先端技術やアイデアを絞り出し競争力を得るために必死に活動している。それだけ知財の価値が上がってきたものだが、日本はその潮流に乗り遅れているとしか言いようがない。

知財立国への第一歩は知財を重視する司法判断から始まるのである。

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