コラム

特許をめぐる本庶教授と小野薬品の紛争

オプジーボ開発に貢献した本庶教授
2018年にノーベル生理学医学賞を受賞した本庶佑・京都大特別教授と教授の発見をもとに、がん免疫治療薬「オプジーボ」を開発して販売している小野薬品工業が、新たな特許紛争になっている。

さる6月5日、本庶教授は京都大学で記者会見を開いて、特許使用料として「小野薬品がメルク社から受け取る額の40%」の約226億円の支払いを小野薬品工業に求め、6月中旬にも大阪地裁に提訴するとの事情を説明した。

本庶教授のノーベル賞受賞対象となった研究成果は、免疫細胞の表面にあるたんぱく質PD-1を1992年に発見したことである。生体の免疫機能の仕組みを追跡する研究をしているうち発見したもので、がんの治療薬開発をターゲットにした研究ではなかった。

さらに研究を発展させたことで、がん細胞はこのPD-1に結合するPD-L1と名づけられたたんぱく質を作り、免疫機能を抑制することを発見した。

体内で発生したがん細胞を免疫細胞が攻撃して無毒化する作用がなくなれば、がん細胞は際限なく増殖していく。だからPD-1とPD-L1が結びつくところをブロックすれば、免疫機能は本来の機能を発揮してがん細胞を攻撃してくれる。
このような作用機序から小野薬品工業ががん治療薬として実用化したものである。特許は共同で出願し、平成18年に同社が特許を独占的に使い、本庶教授は対価を得る契約を結んだという。

別件の特許対価をめぐる紛争
この日の記者会見で説明された紛争は、アメリカでの特許紛争から派生した問題だった。

小野薬品工業本社

小野薬品工業とアメリカでオプジーボを販売するブリストル・マイヤーズスクイブ社(BMS)は、アメリカの大手製薬メーカーのメルク社がオプジーボとよく似た薬を販売していることを知った。調べてみるとメルク社の治療薬は特許を侵害していると断定して訴訟を起こした。

その結果、メルク社は侵害を認めて2017年にロイヤルティ相当額を支払うことで和解が成立した。
本庶教授は、BMSと小野薬品工業が決めた対価の配分割合は妥当ではないという見解である。

本庶教授によると、小野薬品工業はこの訴訟が起きた際に小野薬品工業に協力を求めてきた。その際に、訴訟で得られた金額の10%を本庶教授側に支払うという約束だったという。

しかし小野薬品工業は、本庶教授に支払う額を10%ではなく、0・25%だと一方的に通知してきた。会見で本庶教授は「訴訟に協力したにも関わらず約束を無視した数字である。またこうなった理由の説明はなく、不誠実な態度だった」と解説した。

本庶教授は、おカネが欲しくてこのような訴訟をすることにしたのではないだろう。このトラブルは、今後、日本の研究開発の学術現場と企業の間に横たわる重要な課題があるので指摘したい。

第一に、研究成果に対する報酬の在り方が、日本では確立されていないことである。これは企業研究者に対する職務発明報酬でも多くの企業で結局は曖昧に終わっていることからも未解決の問題として残されている。

研究成果がなければ、実用化は不可能である。実用化で得られた収益のどの程度が研究者にリターンされるべきかは、透明性のある数字と契約によって保障する社会的ルールが確立されるべきである。大学の研究者にとっては必須の条件だ。
収益が巨額になればなるほど、企業は「出し惜しみ」をするのではないかと推察せざるを得ない。研究者への還元の金額は、研究成果の価値を示している数値でもあり、曖昧な慣習とどんぶり勘定は馴染まない。

研究者の成果の価値を認め、応分のリターンをするルールができれば、研究者の励みになるし、リターンされてきたカネは、次の研究へと投資されていくのが普通だ。

第二に、このような契約は口約束ではなく、書面で残しそれを粛々と実行する社会的な慣習(ルール)を確立するべきだ。日本では、口約束の慣習がまだまかり通っている。

これが大企業と中小企業、親会社と子会社、大企業と下請け企業間の特許技術をめぐる利益配分でも不透明なことが多く、大体は力関係の弱い中小企業が泣かされている。

2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士の場合は、メルクと直接交渉によって契約書をまとめ上げ、それをもとに大村研究室で発見した化学物質をもとに実用化した創薬の売り上げの一部を研究室に還元したものだ。

総額、215億円以上とされている。その巨額のロイヤルティを大村博士は、北里研究所の病院建設、研究所の整備に投資して、大きな学術貢献をしてきた。このような前例があるにもかかわらず、依然として日本ではこのような問題が起きるのは残念だ。

小野薬品工業は、その代わりにと言うのかどうか、別途、京都大学に巨額の学術研究費を拠出したいと申し出ているようだ。もし事実なら、このような曖昧な態度で収拾することは今後に問題を残したままになろう。

是非、この機会に研究成果に対する利益リターンのルールを確立してもらいたい。

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