コラム

模倣品・海賊版取引防止条約(ACTA)に反対した欧州議会

その後の雲南省のコピー工場事件について

4回にわたって本欄で取り上げてきた「知財の正当な権利を認めた中国・雲南省の裁判所」については、今後、事態に動きが出てきた場合は、逐次、この 欄で報告する。この事件はまだ全面解決には至っておらず、依然としてコピー工場で製造した原料製品は日本に還流しており、コピー工場の操業は続いている。

このように中国と日本で活動する中国人が冒認知財で技術を修得し、製品を販売する過程で日本企業が手を貸す行為になっていないかどうか。筆者が日本 の政府関係者に説明したとき、政府高官は「この事例は、相当悪質である。このような違法性のある企業活動が日本国内で取り締まれないようだと、似たような 事件が続くことになりかねない」と語っており、不競法の見直しなども考える時期になっているだろう。

今回の事件では、実用新案権は日本企業が取り戻したものの、冒認出願したコピー工場側は実質的に何も痛手を受けていない。この事案と実態については、中国 側の知財関係者の間でも関心を集めるようになっている。筆者はこの事件も含めた類似の複数の事件を検証して考察する課題を、近く開催を計画しているセミ ナーでも取り上げ、今年の12月に大阪で開催される日本知財学会でも発表する予定である。

ACTAを否決した欧州議会

このように知的財産権の冒認出願が後を絶たないため、日本が主導して国際的に条約を発効しようとしている模倣品・海賊版取引防止条約 (ACTA=Anti-Counterfeiting Trade Agreement)に暗雲が広がり始めている。欧州連合(EU)の欧州議会がこのほどこの条約を反対多数で否決したからである。

欧州議会の採決では、賛成39票、反対478票、棄権165票で、ACTAを批准しないことを決定したものだが、この票数では圧倒的多数で否決され たと言っていいだろう。特許、商標など産業財産権である知財権の侵害製品や海賊版などの国際的な横行を防止しようという国際条約になぜ、こうも圧倒的な票 数で否決されたのか。

内閣官房、外務省の資料などからこれまでの経過をたどってみると大略次のようになる。
最初にこの構想を打ち出したのは、模倣品被害が一向に減少にならないことがはっきりした2004年ころからである。一部の楽観論者から、中国での模倣品 被害は山を越えたという間違った観測が流れていたこともあり、内閣官房に設置されていた知的財産本部が策定する推進計画の中に模倣品取引を防止する国際条 約を盛り込むことが検討された。

2005年7月に決定した「知財推進計画2005」でこの構想が盛り込まれ、小泉首相はイギリスのグレンイーグルズ・サミットで初めてこの条約の締 結を提唱し、2006年には日米間で修正案が交換された後に欧州連合、カナダ、スイスなどが予備交渉に参加した。さらに2008年6月には、オーストラリ ア、韓国、シンガポールなども加わり、2010年10月までに計11回の会合が開かれ、大筋で合意していた。

2012年1月1月26日、外務省でACTAに関するEU及び同加盟国の署名式が開催され22のEU加盟国の代表が協定に署名を行った。この日に署 名に至らなかった国についても各国における国内手続きを終了次第,署名を行うことになり、日本主導の国際条約はようやくにして陽の目を見ることは確実視さ れていた。

EU及び同加盟国の署名式で署名するシュヴァイスグート駐日EU代表部大使

署名式出席者の集合写真

写真はいずれも外務省HPより転載

外務省によると、調印式でEUを代表して挨拶したハンス・デュートマール・シュヴァイスグート駐日EU代表部大使は「日本が主導するACTAは,加 盟国がより効果的に知的財産権侵害と戦うための執行メカニズムを向上させることを目指すものである。これがEU及びEU加盟国が貿易パートナー国と共有す る一つの目標である」と述べ、歓迎の意を表していた。

このとき署名を行った国・機関は、EU,オーストリア,ベルギー,ブルガリア,チェコ,デンマーク,フィンランド,フランス,ギリシャ,ハンガ リー,アイルランド,イタリア,ラトビア,リトアニア,ルクセンブルク,マルタ,ポーランド,ポルトガル,ルーマニア,スロベニア,スペイン,スウェーデ ン、イギリスの23の国などであり、それまでにACTAに署名した国は、オーストラリア,カナダ,日本,韓国,モロッコ,ニュージーランド,シンガポー ル、米国の8か国を加えると、31国・機関になる。

ここまで進んできた国際条約がEU議会で否決された理由は何か。筆者は多くの人にコメントを求めているが、はっきりした意見の収束にはなっていな い。ただ、欧州ではこの国際条約が基本的人権、表現の自由や通信の秘密を脅かす可能性が高いとして反対する機運が広がっていったようだ。多くの市民団体を 核にこの意見が広がったものだ。

例えばジェネリック薬の供給を脅かすことになりかねないとしたのは国境なき医師団だったという。さらにIT関連の企業や活動家らが著作権保護の立場からACTAに反対しており、ACTAに署名したポーランドでは、署名に抗議した市民が多数、抗議の街頭デモを行っている。

模倣品被害にあっているのはヨーロッパ諸国も同じであり、モノ作りの国家として存在感のあるドイツの企業は、多数の模倣品に悩まされているはずだ。しかしドイツはACTA署名をまだしておらず、消極的な姿勢が見える。

一部には日本などアジア主導のこの国際条約には欧州が反発しているという観測もあり、この国際条約の反対決議で欧州の存在を見せつけるという思惑があるのではないかと言う人もいる。しかしそうまでして条約に反対するメリットはないのではないか。
欧州議会が反対しても各国を拘束することはないようだ。がしかし批准することは事実上難しくなってきただろう。

いずれにしても、ACTAに対する欧州各国の動きには注目していきたい。

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