コラム

期待される日本の大学からのイノベーション創出

大学の産学官連携事業に政府が支援

1990年代後半からデジタル情報化時代を迎え、モノ作りの世界的な標準化が広がった。熟練職人の業と暗黙知によるすりあわせによって成功してきた日本型のモノ作りは一定の役割を終え、デジタル情報による技術化が広がってきたのである。

日本のような先進国は、高度・専門性のある技術で勝負しなければ産業競争力を産まなくなり、大学の研究現場がイノベーション創出の母胎になることが期待されるようになる。

しかし日本の大学で生まれた新しい技術が、民間企業などに移転されて社会貢献する事例はなかなか増えない。大学で生まれた技術を民間に移転してライセンス収入を稼ぐ額を日米で比較してみると、2004年のアメリカは約1524億円に上っているが、2005年の日本では約11億円でしかない。日米では100倍以上の差が出ているのである。

政府は大学の産学官連携活動を活性化させるために、別表で見るように1998年からさまざまな施策を行ってきた。

事業の実施による成果及び効果の例(文部科学省公表資料)

 

政府の大学等産学官支援政策の経過

主な支援策
1998年5月 大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律(TLO法)の制定
1999年8月 日本版バイ・ドール法条項を含む「産業活力再生特別法」の制定
2003年7月 国立大学法人法の制定 知的財産権の機関帰属を決定
2003年度 大学知的財産本部整備事業の実施 43件選定
2005年度 スーパー産学官連携本部を開始 6件選定
2007年度 国際的な産学官連携の推進体制を実施 17件選定
2008年度 5カ年計画で産学官連携戦略展開事業 59件67機関を選定
2009年度 産学官連携コーディネーター配置支援
2010年度 イノベーション・システム整備事業として大学等産学官自立化促進プログラムを実施

 

自立化促進プログラムの進捗状況の評価を実施

こうした一連の施策の中で2010年度から実施されているのが「大学等産学官自立化促進プログラム」である。これは「国際的な産学官連携活動の推進」として16件、「特色ある優れた産学官連携活動の推進」として22件への支援策である。

日本の大学からイノベーションを創出させるために、国が支援している施策であるが文部科学省は、このほど大学が作成した自立化促進プログラムの中間報告書に基づいた当初計画の進捗状況や取り組みを評価した結果を公表した。大学の産学官連携プロジェクトがどの程度進んでいるのかランク付けしたものである。

 

評価の考え方は次のようになっている。

S: 特に優れた取組を行っており、現行の努力を継続的に続けることにより当初目的を十分に達成することが可能と判断される。
A: 順調に進捗しており、継続的な努力を続けることにより当初目的を達成することが可能と判断される。
B: おおむね順調に進捗しているが、助言等を踏まえ、当初目的の達成に向けて、一層の努力が必要と判断される。
C: 改善事項があり、このままでは当初目的を十分達成することが困難と思われるので、助言等を踏まえ、所定の期限までに改善を行うことが必要と判断される。
D: 特に重大な課題があり、今後の努力を持っても当初計画の達成は困難と思われるので、補助事業を中止することが必要と判断される。

この評価方法による評価は別表のようになっており、「S」と評価された大学はいずれも小規模にまとまっている大学である。

 

特色ある優れた産学官連携活動の推進:22件

機関名 評価
九州工業大学 S
信州大学 S
三重大学 S
東京海洋大学 A
金沢大学 A
山口大学 A
東海大学 A
立命館大学 A
岩手大学・帯広畜産大学 B
筑波大学 B
電気通信大学 B
長岡技術科学大学・国立高等専門学校機構 B
静岡大学・豊橋技術科学大学 B
神戸大学 B
岡山大学・鳥取大学 B
大阪府立大学・大阪市立大学 B
芝浦工業大学 B
日本大学 B
情報・システム研究機構 B
群馬大学・茨城大学・宇都宮大学・埼玉大学 C
富山大学 C
北陸先端科学技術大学院大学 C

 

さらに国際的な産学官連携活動の評価は別表の通りであり、こちらもそれぞれの特徴ある活動をしている大学が上位に評価されている。

 

国際的な産学官連携活動の推進:16件

機関名 評価
京都大 S
大阪大 S
奈良先端大 A
東京大 A
東北大 A
東京農工大 A
慶応義塾大 A
山梨大・新潟大 B
九州大 B
名古屋大 B
広島大 B
東京医科歯科大 B
早稲田大 B
東京工業大 B
北海道大 B
東京理科大 B

 

大学発の成果で成功事例も出てきている

文部科学省が発表した成功事例は、次のようなものだ。

信州大学は「抗ウイルス・花粉対応マスク」の開発した。フタロシアニン誘導体による酸化酵素モデルの研究成果をもとに大和紡績(株)が高機能マスク 「アレルキャッチャー」を発売した。ウイルス、花粉、ホルムアルテヒドなどを複合的に除去することが可能となった。第8回産学官連携功労者表彰として文部科学大臣賞を受賞した。

東京工業大学の「太陽熱発電技術に関する国際共同研究」は、「タワー型(ビームダウン式)太陽熱発電技術」に関して、アブダビフューチャーエネルギー社、コスモ石油と共同で、太陽光の集光状態についての評価・実測実験を実施した。大規模太陽熱発電プラントの実用化への見通しが出てきたとしている。

大阪大学では、カナダのバイオベンチャーであるフェノミノン・ディスカバリーと共同で癌、認知症、パーキンソン病など、多彩な疾患・病態に対して、簡便な方法により早期診断を可能にする血清診断法を開発した。これにより、不必要な検査が省け、約50億円の医療費削減が期待できるという。

東京農工大学と日本ケミコン(株)は、チタン酸リチウム等の結晶構造をナノレベルで制御した「ナノハイブリッドキャパシタ」の研究開発を進め、世界最高性能のキャパシタ開発に成功した。これにより、電気自動車、鉄道車両、太陽光・風力発電設備など、環境エネルギー分野の新市場を開拓することが期待できるとしている。

 

中国の大学発ベンチャー企業は大発展

中国でも大学の研究現場をイノベーション創出の母体と見ており、中国政府は積極的な支援策を行ってきた。中国では大学の研究者も厳しい競争化に置かれており、大学の研究者でも成功すれば億万長者になれる。いま中国で大金持ちになっている人の多くが、大学発ベンチャー企業の創業者である。

別表で見るように中国の大学発ベンチャー企業の売り上げ規模は、日本のそれに比べて桁違いである。総売上高は中国の人民元になっているので、この額に大体13倍かけた金額が日本円になる。

北京大学発の北大方正集団有限公司の売上高は、約259億元(約3367億円)になる。また北京大学だけで売上高が約264億元だから、日本円では3432億円になる。

中国は途上国であるため、国際競争力を得るような有力な企業が少ないため、高度・専門性を武器にした大学の研究現場からの起業があっという間に席巻する勢いになるのだろう。日本とは単純に比較できない産業基盤になっているが、起業家精神は中国の方がやはりずっと挑戦的になっている。

中国の大学発ベンチャー企業の売上トップ10(2005年)

中国の大学発ベンチャー企業の売上トップ10(2005年)

中国の大学別起業売上トップ10(2005年)

中国の大学別起業売上トップ10(2005年)

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