日本人研究者の受賞ならずー2023年ノーベル賞
今年のノーベル賞受賞者には、期待していた日本人受賞者はなく期待を裏切られた結果となった。
これで3年連続で日本人空白となった。
科学研究論文が年々、減少しており注目論文数の数も減ってきている。
各種指標から見た日本の科学技術研究の退潮は間違いない現象であり、
科学立国危うしという声はますます大きくなりそうだ。
2000年以降の自然科学3賞の日本人受賞者は、
アメリカ国籍取得者を含めると20人にのぼり、アメリカに次いで多くなっている。
しかし直近の科学研究の危機的状況を見ると、
日本の将来に関わる課題であるだけに、科学立国への期待の声は絶やさないようにしたい。
物理学賞は「アト秒」で光研究に授与
王立スウェーデン科学アカデミーは、
100京分の1秒という極めて短時間だけ光るレーザー光の基礎研究に貢献したとして
アメリカ、ドイツ、スウェーデンの3人の研究者に物理学賞を授与すると発表した。
アト秒とは「10億分の1秒のさらに10億分の1」という超々短時間になる。
この超々単時間に光る技術の手法を開発したことで、
物質を構成する極微の電子の動きまで観察することが可能になった。
レーザーを原子に照射することで、
原子や分子の中で電子が高速に動く現象を観察することができるようになった。
たとえて言えば、超々高速で動く被写体であっても、
超々高速ストロボで照射すれば一瞬の形状や姿をとらえることができる。
これまではフェムト秒(1千兆分の1)単位の動きまで観察でき、
この業績では1999年にノーベル化学賞が授与されている。
今年の受賞者は、その業績に立ってさらに、より短時間で現象をみる技術を開発したもので
「ノーベル賞の先に新たなノーベル賞がある」という研究の発展を示したような受賞業績だった。
化学賞も微細研究の成果に授与
化学賞は、物理学賞と同じ選考機関である
王立スウェーデン科学アカデミーが授与し、アメリカの3人が勝ち取った。
この分野は、実用化で貢献していることもあって競争が激しかったが
選考委員会は研究オリジナルを遡って、最初に貢献した3人を選出した。
選考委員会は
「ナノテクノロジー研究の重要なマイルストーンを達成した。
その成果によって、量子ドットの応用研究が広がり、
発光ダイオードのディスプレイや医学分野など多岐にわたって貢献した」と評価した。
量子ドットとは、
電子を閉じ込めて発光を調整できるナノ(10億分の1)メートルサイズの
微細な半導体構造である。
光や電気で刺激すると発光するので、
これをうまく調整すると鮮明な色を出すディスプレイなどに応用できる。
すでに韓国や日本のメーカーがこの技術を取り入れて商品化している。
3人の研究者はそれぞれ別々の方法で
量子ドットや量子ドットレーザーの作成に成功している。
この分野では、
東大の荒川泰彦特任教授、榊裕之名誉教授らが基礎研究で貢献しており、
世に言う「4人目の受賞者」として次点となった可能性が高い。
mRNAワクチン開発で生理学・医学賞
ノーベル生理学・医学賞の選考機関は、
ストックホルムにある世界最大の医学・医療総合研究・大学機関であるカロリンスカ研究所である。
有力な受賞候補者として
昨年から取りざたされていたハンガリー生まれのカリコ女史が
同僚の教授と共同受賞を勝ち取った。
遺伝子DNAはそれ自体、単独では機能しない。
タンパク質製造の情報を塩基配列という化学分子の中に確保しているものだ。
その情報をあたかも書き出すようにコピーするのがメッセンジャーRNA(mRNA)である。
抗体のようなタンパク質の遺伝子情報を持ったmRNAを
薬剤として利用できないかという発想と研究は、1989年ころからあった。
カリコ女史はハンガリーで博士号を取得後渡米し、
任期付きポストを転々とした後に
ペンシルバニア大学でmRNAを薬剤に活用する研究を始めた。
mRNAは、病気の治療で体内に投与すると炎症が起きるため、
医薬品として使うのは難しいとされていた。
カリコ女史は、その課題を解決して医薬品に使う道を模索していた。
研究は難しい壁に突き当たっていたが、
1997年に大学のコピー機の前で並んでいるときに
偶然、免疫学が専門のワイスマン博士と出会い
mRNAの活用を話し合ううち共同研究をすることにしたという(読売新聞10月13日付け14面)。
2005年には、体内に取り込まれた「薬剤mRNA」が、
炎症を起こさずに目的としたたんぱく質が作られる方法を開発して発表した。
このmRNAワクチンは、ウイルスの遺伝情報があれば製造できる。
しかし薬剤として開発する企業が現れず
カリコ女史は自らベンチャー企業を立ち上げて実現に取り組んでいた。
コロナパンデミックが世界を席巻し、ワクチン開発が急がれるさなか、
ファイザーやモデルナが
迅速にワクチン製造ができるカリコ女史のmRNAワクチンに目を付け、
ついに実現することになった。
ノーベル賞の選考委員会は
「2人の発見は、2020年初頭に始まったコロナパンデミックに対する
効果的なmRNAワクチンの開発に不可欠だった」と授賞理由を発表した。
コロナウイルスの表面にある「スパイク」と呼ばれる突起を使って
ウイルスは体内の細胞に入り込み、増殖を繰り返して発症させる。
そこで突起部分の遺伝子情報を持ったmRNAワクチンを体内に投与し、
突起部分の抗体を作らせる。
こうしておけばコロナウイルスが入り込んできても、
抗体でウイルスを撃破でき発症や重症化を防ぐことができる。
共同研究者のワイスマン教授(左)とカリコ氏(右) (NHKテレビから)
こうしてコロナパンデミックという世紀の感染症の出現によって
mRNA抗体が現実に役立つことになるという劇的なノーベル賞となった。
またカリコ女史のようにポスドクで渡米し、苦労を重ねながら辛抱強く研究テーマを追求し、
最後にノーベル賞の栄冠を勝ち取ったドラマは素晴らしいものだ。
女性研究者へ勇気を与えることでも特筆すべき受賞者だった。