数の勝負
このところ、特許の出願を数で競うデータが影をひそめています。90年代後半には何処どこは年間に数千件とか、数十%アップなどと色々なニュース媒体が喧伝しており、こいつはいけないと、乗り遅れるなとばかり、大変な競争をしたものです。電気の業界はどちらかというと先頭に立って出願件数競争を行ってきました。
ところが、特許庁の審査で同じ様なものが指摘されたり、めでたく登録になっても、自社はおろか、他社も使わない特許がたくさん権利になり、どうも皆で無駄をしているのではないか、との反省がどこからともなく起こってきました。そこに、特許庁が審査をいくらしても後からあとから出願が出てきて、審査官をいくら補充しても間に合わない、審査マチの行列ができて、アメリカからも指摘を受ける始末でした。
そこに、景気の低迷が起こり、経費も制限されると八方ふさがりの状態で、各電気メーカは軒並みピーク時の半分位の出願数に落としてきたのです。
一つの出願で複数の発明を記載できる多項制が導入された背景もありますが、出願数は着実に減少してきました。
こんな中で、発明しても、必ずしも権利化すべきかどうか、他社が困るような技術かどうかを考えて出願をするようになったのです。
電気業界では、始めに言及したように、数を頼りにしていた時代があったのですが、新たにそうした業界に参入してきたメーカが、先人の特許出願をつぶさに調査した結果、こんなに数が多いのではとても太刀打ちできないと感じたのです。
そこで彼らが思ったことは電気の業界では電気流にやらねばならないということです。つまり先人と同じくらいは、数を多く出さなければならないと思ったに違いありません。同じ戦場で戦うには同じ位の戦力が必要だと思うのは普通のことでしょう。電気業界が何年もかかって出願してきた数に追いつくために、短期間に、それこそ絨毯爆撃のような特許出願をしたのです。
一つの技術で数千件の出願なんていうのもあるようです。数打ちゃ当たるとのたとえもありますが、そんな感じもします。
当時、あるフイルムメーカがTFT方式の液晶表示装置の視野を拡大するためのフィルムを開発したときのことです。この技術に関連して、素材や製造方法などを80件以上の出願をしたと記事に書かれていました。まだ、数の勝負を挑んでいるのだなと思ったものです。
もっとも、これほどのことでは無いでしょうが、ある化学メーカの特許部の人から聞いた話があります。ある物質の組成や、製造方法などは本命の技術がどこにあるか分からないように、およそ実施しない物を含め、複数のやり方を出願するというのです。先のフイルムメーカがどちらの戦略を取ったのかは分かりませんが、数を出して、惑わす手法もなくは無いのですね。
意識して人も金もかけて戦略的に出願に投資するのなら良いのでしょうが、何だか分からないから出願だけしておこうなどという考えは、もう過去の話なのです。