抑止力
特許権などの知的財産権は独占禁止法でも例外として認められている一定期間は独占的に特許を使用することできる強い権利です。したがって、特許権の活用にあたり、先ずは独占的な権利行使が可能かを検討します。特許の権利範囲に入る侵害製品を排除してしまうことにより市場を独占するための活用です。こうした独占権を巡って裁判が起こされることが時折でてきます。
一方、独占権を巡る裁判などの争いを起こさないために、日ごろから他社の権利を確認して侵害しないための対策を講じているケースが多くあります。特許を企業の技術的な武力と比喩することもありますが、国と国の力から見ても世界的な戦争抑止力として、彼我の戦力の均衡を図ることは良く行われます。戦力のバランスが崩れると抑止力がなくなり、小競り合いから、さらには大きな戦争に発展することが稀ではありません。
最近でも先進諸国と開発途上国との間で、核兵器を保有しておくことが有効な戦争抑止力になるとの考えで、欧米からの核施設の徹底廃棄を要求されても、核抑止力効果を考えると国家間交渉の武力として核兵器の保有が必至とする国も存在しています。
実際に知的財産の世界でも戦力として、相当数の知的財産権を保有し、いざとなった場合には独占権をちらつかせる交渉が行われることがあります。
しかし独占権を巡る裁判が提起される前に,自ら他社の権利を避けているケースはなかなか顕在化しません。私が現役時代に耳にした簡単な考案が、他社の参入防止の抑止力の役割を果たしていた事実をご紹介しましょう。競合メーカの特許部長からしみじみと、お宅の会社には良い権利がありますねと言われたモノです。
現在多くの電子機器に使用されている半導体デバイスの一つに樹脂モールド型があります。半導体の装置を外部の環境から守る樹脂封止技術です。半導体素子を搭載するダイス・ステージから放熱などのために腕片が樹脂封止の外に出るのですが、封止樹脂の外部表面の近くで、この腕片の幅を狭くするアイデアです。外部との接触部分が少なくなることで、樹脂封止の隙間から内部に入る水分を抑え機密性が増すのです。
登録実用新案第1101839号(実公昭50-5329号「半導体装置」です。
わずか2ページの明細書ですが、この権利の効果は絶大で、出来上がった半導体デバイスの生産不良率が大変小さくなったのです。この実用新案の権利期間中は採用したくても製品に適用できず、各社の商品の歩留まりは上げられなかったといいます。
当事者に聞いたところ、各社がそれほどまでに使いたかったら、実施権の許諾はしたのにと言われていましたが、他社から見れば有効な権利だったので、到底許諾されないと思い込んでいたとのことでした。この権利は独占権をあえて主張するまでもなく、他社の参入防止という「抑止力」が大いに働いたのです。
特許権の活用については、その時々のビジネスの戦略に応じて多様な活用方法があります。独占だけでなく他社の権利を使うための交渉権、技術の標準化で仲間作りをしたり、ライセンス収入を図ったりと事業戦略に密接にかかわりながら活用されています。