コラム

山中伸弥教授のノーベル賞と特許戦略

論文発表から6年で異例の受賞

山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所所長(50)と英ケンブリッジ大学ウェルカム・トラスト/英国癌研究基金ガードン研究所教授のジョン・ガードン卿(79)が、今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

山中教授がノーベル賞を受賞するだろうとは思っていたが、こんなに早く受賞するとはまったくの予想外だった。理由はノーベル財団が過去に経験した誤ったノーベル賞授与があったからである。

誤って授与したのは、1907年にデンマークの病理学者、ヨハネス・フィビゲルに授与したものだった。フィビゲルに授与した理由は、「寄生虫の線虫が胃がんの原因」とする業績だった。この事実に誤りはないが、胃がんは線虫だけで発症するわけではない。

授与した後に胃がんの原因は様々な要因があることが徐々に分かり、線虫を原因とする胃がんは非常に少ないことが分かってきた。もっと価値あるがん研 究が続々と出てきたため、ノーベル賞受賞業績の価値はほとんどなくなってしまった。ノーベル賞を授与するには早すぎたのである。

さらに1949年には、ポルトガルのアントニオ・モニスに脳の前頭葉を切除するロボトミー手術の開発で生理学・医学賞を授与している。しかしこの手 術法は後年、人格を阻害する手術方法であることがはっきりしたため、ロボトミー手術が禁止されるようになる。ノーベル賞を授与したのは時期尚早だったので ある。

ノーベル財団はこの2つの誤りにこりて、生理学・医学賞の業績の評価には非常に慎重になった。とりわけがん研究については、慎重になったためか長い 間受賞者が生まれなかった。山中教授の業績はがんとは関係ないが、ことは遺伝子の発現に関する研究であり未知の部分があまりに多い。授与した後に不都合な 結果が出ないとも限らない。

過去のノーベル賞を巡る歴史を調べた結果から、山中教授の受賞まではまだ年月があるように感じていた。

しかし現代の研究現場は、そのスピード感がすごい。iPS細胞の作成方法を山中教授が初めて論文として発表してからわずか6年後の受賞である。この 関連の研究では日本が終始トップを走っているが、その成果は覆すことはできないほど次々と新しい知見を出し、もはや確立された研究成果として国際的にも認 知されるようになったのである。ラスカー賞、京都賞など国際的な大きな賞を総なめしたことからもその価値が分かる。

実用化に向かって新たな競争が始まった

山中教授の成果は基礎研究であるが、生命科学分野の研究は基礎と応用が切れ目なく続くのが特長である。基礎研究の成果は、タイムラグを置かずにすぐ に応用研究、実用化研究へと結びついていく。山中教授もまた、iPS細胞の実用化によって難病で苦しむ患者を救済する治療方法を開発したいとのメッセージ を度々発しており、基礎研究の結果はすぐに特許出願案件となった。

京都大学iPS細胞研究所(所長は山中教授)は9月18日、iPS細胞基本技術に関する特許が日本で1件、米国で3件、新たに成立したと発表した。この4件のうち、米国特許2件はすでに特許登録されており、残りの2件も数ヶ月以内に特許登録される予定という。

 

9月18日に京都大学でiPS細胞の特許戦略について記者会見を行う山中教授(左)と
高須直子知財契約管理室長(京大iPS細胞研究所HPより転載)

 

京都大が権利者となっているiPS細胞に関する特許の実施については、iPSアカデミアジャパン社が運用することになっている。これまで京都大が権利を取得しているiPS細胞に関する特許は、日本で4件、アメリカでは6件になっている。

特許請求の範囲を見ると、いずれも体細胞に特定の遺伝子を導入してiPS細胞を製造するものである。増殖因子を入れて培養したり、分化誘導する手法を取り入れて分化細胞を製造する方法などが含まれている。

権利の及ぶ範囲は、特許請求項に記載された方法で製造されたiPS細胞そのもの、その使用、分化細胞の使用、販売、分化細胞を用いたスクリーニングにも権利の範囲が及ぶとしている。範囲を広くとった強い特許になっていると関係者は見ている。

またアメリカ特許の請求の範囲を見ると、体細胞に特定の遺伝子をレトロウイルス・ベクター(遺伝子の運び屋)を介して導入し、サイトカイン(特定の細胞に情報を伝達するたんぱく質)の存在下で培養するiPS細胞製造方法になっている。

権利の及ぶ範囲は、この方法で製造されたiPS細胞の使用、販売、iPS細胞の分化誘導にも及ぶとしている。日米のこれらの特許は、権利期間がいず れも今後15年前後継続することになるので、iPS細胞の新しい製造方法が発明されない限り、強力な権利として生き残っていくだろう。

また京都大のiPS細胞特許戦略で特長的なのは、通称「バイエル特許」と言われたアメリカのベンチャー企業iPierian社から2件のiPS細胞 製造に関する特許を譲渡されたことである。その見返りにiPierian社は、京都大が保有するiPS細胞製造に関する基本特許の使用の許諾を受けた。

京都大とiPierian社は、両者の特許の権利を主張した紛争が予想されていたが、双方は事前に紛争を回避する方向で話し合い、双方がウイン・ウインの関係を結び実用化に注力しようとする思惑が一致したものである。

iPierian社は、脊髄性筋萎縮症(SMB)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病などの難病の治療薬の開発に取り組んでいるバイオ 医薬品企業であり、山中教授は同社の科学諮問委員会(Scientific Advisory Board:SAB)委員に就任し、iPS細胞を最初に作った研究者の立場からアドバイスを行うという。同社の研究開発は、早期に実用化に結び付けたいと 希望している山中教授の意向にも合致している。

山中教授のiPS細胞による研究は、終始日本がトップを走っており、実用化でも特許を世界中で出願・取得するなどこれまでに日本では見られない学術・特許戦略で走っている。究極の目的は人類への貢献であるが、難病克服など大きな成果に結びつくことを期待したい。

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