コラム

宗像直子特許庁長官にインタビュー どうする急進変革時代の知財行政(中)

中国の知財改革のスピード感に驚く
馬場 前回はいま国会に提出されている特許法改正案、意匠法改正案の中身などについて長官から大きな枠組みを解説していただき、日本の知財保護強化への取組という考えを披瀝していただきました。
長官は就任後に米国、欧州、中国、韓国などを精力的に訪問してきました。他の国々とも国際会議、シンポジウムなどを通じて知財の国際交流を深め、国際的な知財動向を検証してきました。最初にお隣りの中国の知財動向についてどのように見ているかお聞きしたいと思います。

宗像長官 中国の知財の取組のスピード感には正直、驚いています。中国は、「知財強国」になることを国家目標として掲げています。特許出願件数が突出して多いことは数年前から話題になっていましたが、様々な制度改革や基盤強化のための国家としての取組は、予想以上に進んでいると感じています。

馬場 知財制度の基盤の強化ですね。長官の印象は如何でしょうか。

宗像長官 研究開発投資が増えている国なら特許出願件数が増えていくのが自然でしょうけれど、中国では短期間で急増してきました。これは出願の奨励金や表彰制度など国家だけでなく地方の政府と一体となって取り組んできたことの表れだと思います。
習近平国家主席は、中国共産党大会で「イノベーション文化を提唱し、知的財産の創造、保護、活用を強化する」とスピーチしています。私が中国で行政機関や企業など様々な方々と実際にお会いした際には、この主席のイノベーション重視という姿勢が深く浸透しているということを実感しました。
日本の特許庁にあたる国家知識産権局(CNIPA)の体制は、短期間に拡充されてきたと聞いています。審査官は年々増員して1万6千人になるそうですし、商標制度を管轄していた国家工商行政管理総局が国家知識産権局と統合されました。
弁理士の数は約10年間で3倍の1万6千人になり、弁護士は2倍の約32万5千人になっています。知財訴訟では、中国の場合は法定賠償額の言い渡しが多数を占めています。
近く予定されている改正専利法(日本の特許法)では、法定賠償額の上限額を引き上げるとともに、懲罰的損害賠償金を裁判所が認定した損害額の5倍まで引き上げることを検討中と聞いています。とにかく制度改革のスピード感には目を見張るものがあります。

見解を述べる宗像長官

馬場 私たちも中国の知財制度の進展ぶりをずっと見てきました。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)からは、荒井寿光元特許庁長官を団長として中国の知財現場の視察を委嘱され、知財関係者ら一行が訪中して知財現場を視察し、昨年、中国知財の現状をまとめた報告書を出しています。
その体験からも、長官の感じたことと全く同じことを私たちも感じてきました。特に知財司法制度の充実ぶりには驚いています。

宗像長官 一審レベルの知財法院を北京、上海、広州に設置したのは2014年です。それから数年の間に16か所の中級法院、日本で言えば地裁レベルの法院に知財専門の法廷を設置しました。日本では考えられないスピードです。
インターネット法廷も動き出しており、裁判の電子化、情報化にもいち早く取り組んでいます。このような制度は、日本を超えてしまったという印象を持っています。
たとえば、事件の進捗情報の当事者への開示はショートメールやウイチャット(WeChat)を利用しているようです。裁判はインターネットで中継していますし、判決文や執行情報はネットで公開されているようです。
インターネット裁判所の設置によって、効率よく短時間で弁論が行われる、電子情報プラットフォームによって、オンラインで訴訟手数料が納付できるなど、非常に効率のいい司法システムが動いているようです。

馬場 いずれも長官のおっしゃる通りで、私たちにもほぼリアルタイムでそのような情報が入ってきます。中国の司法制度の中でも知財関連の制度は一歩先を歩いているように感じています。中国の侵害訴訟の原告勝訴率は60%を超えており、知財を保護する国という印象を前面に出しているように感じています。損害賠償額も2015年から倍々にあがってきています。

宗像長官 ただ、中国に課題があることも事実です。知財訴訟が増えてくるとそれを裁く裁判官の質が担保されなければなりません。地域によって判断の内容にばらつきがないかどうかも検証すべき課題と聞いています。しかし、こうした課題に対して、次々と取り組んでいくダイナミズムはすごいと思います。

国際的な知財活動の展開
馬場 日本では急ぐ仕事をやるとき、「まず走り出せ」と号令をかけ、次いで「走りながら考えろ」とはっぱをかけます。このやり方を国家ペースでやっているのが中国だと思っています(笑)。
ところで特許庁はツイッターを活用して様々な情報発信をしています。「#特許庁フォトギャラリー」や「#特許庁長官会合」といったハッシュタグを含むツイートで長官の活動状況が見られます。
2018年12月3日にアップされたフォトギャラリーには、写真とともにこのような報告がありました。
「中国最高人民法院等との意見交換を行いました
宗像長官は、11月27日に中国四川省成都において四川省高級人民法院、28日に北京市において最高人民法院、29日に北京市知識産権法院を訪問しました。」

2018年12月17日には、写真とともに「日中韓特許庁長官会合、日中韓特許庁シンポジウムを開催しました」(12月13日、中国湖北省武漢市にて開催。)という報告もアップされています。

同時にネットでは長官が国際的に活動する様子が次々とアップされています。時代の先端を走っていく行政機関という印象をもっています。

宗像長官 お隣り同士の国である中国、韓国と日本は、知財分野でも緊密な関係を築いてきました。2001年以降、日中韓で長官会合を継続して開催し、特許、意匠に関する話し合いだけではなく、それぞれの機関の機械化、審判、人材育成分野などで協力を行っています。
そういう交流を通じて中国、韓国の知財制度の動きがよくわかります。韓国では近年、侵害訴訟の賠償額の高額化、証拠収集の強化、3倍賠償制度の導入、自身の具体的な行為態様を示さずに侵害を否定する者への立証責任の転換などを実現しており、日本より先んじている印象がありました。

馬場 2018年9月4日には、シンガポールで第8回日ASEAN特許庁長官会合が開かれていました。

宗像長官 こちらでも知財制度の整備を通じて、ASEAN各国知財庁との相互協力を進めていく話し合いをしました。IoTやAIといった新たな技術に対応した審査基準の整備・運用において、日本とASEAN各国とが協力することに合意しました。日本企業のASEANにおける事業展開が拡大しておりますので、それぞれの国・地域で適切な知的財産権の保護を受けられるように話し合うことは非常に大事だと思っています。

 

第8回日ASEAN特許庁長官会合inシンガポール

馬場 特許審査ハイウェイ(PPH)(※)という仕組みは日本が提唱して2006年から世界に先駆けてアメリカとの間で開始しました。その後、国際間の協力体制は如何でしょうか。

※特許審査ハイウェイ(PPH)とは
第一庁(出願人が最先に特許出願をした庁)で特許可能と判断された出願について、出願人の申請により、
当該庁とこの取組を実施している第二庁において簡易な手続で早期審査が受けられるようにする枠組み。

宗像長官 南米最大の経済規模と人口を誇るブラジルは、著しい経済発展を遂げており、自動車産業など多くの日本企業が進出しています。ところがブラジルでは、特許審査の遅延が大きな問題となっていました。ブラジル産業財産庁(INPI)が最初に審査結果を出すまで出願から平均10年以上を要していました。そこで2017年4月からPPHの試行を開始しましたが、申請対象がIT・機械分野だけでした。そこでこれを化学・バイオ分野の一部まで対象を拡大し、この4月からその試行を実施したいと思っています。

馬場 国によって特許庁の体制や組織の規模が違いますから、後発国との交流は配慮が必要なのでしょうか。PPHの申請可能な件数というのはあるのでしょうか?

宗像長官 ブラジルの場合は、申請可能な件数は今年の4月から2年間または両庁それぞれ200件の申請を受け付けるまでとなっています。一出願人あたりPPH申請は1か月1件までです。ただし、日本特許庁が受け付けるPPH申請には、一出願人あたりの申請件数に制限はありません。
ブラジルでも、PPHを利用することで早期に権利を取得できるようになりました。

馬場 最近の経済活動が盛んになってきたインド、ベトナムともPPHは進行してきたようですね。

宗像長官 インドは、日本にとっては世界で6番目の出願先になっています。米国、中国、欧州(EPO)、韓国、ドイツの次になります。インドのモディ首相は知財重視の政策を進めており、2018年10月の日印首脳会談で2019年度第一四半期に日印でPPHを開始することで一致しています。
現状のインドの特許の審査待ちが4年半になっていますが、2019年末には1年半まで短縮することを目標としているようです。
ベトナムも日本企業の活動が盛んな国ですが、ベトナム国家知的財産庁と話し合って、2019年4月からPPHの受付の上限を年間100件から200件に倍増させ、試行をさらに3年間実施することで合意しました。

写真・21世紀構想研究会事務局 福沢史可
(つづく)

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