コラム

大学の休眠特許はなぜ発生するのか

日米の産学連携活動の格差を見ると

日米の産学連携活動を比較すると10年前から何も変わっていない。戦後の日本は、あらゆる分野でアメリカにキャッチアップすることを至上命令のように掲げてきた。多くの課題は概ね追いついたと感じるが、産学連携ほど格差が残っている分野もないだろう。

なぜにしてこうなるのか。

筆者は文部科学省の「地域イノベーション戦略推進地域及び地域イノベーション戦略支援プログラム」(文部科学省、経産省、農水省の合同事業)の評価委員として、産学連携の現場の評価をこの10年ほど関わってきた。このプログラムは、簡単に言うと産学連携で意欲的に取り組んでいるプログラムに、国が助成金を出してさらに活性化させようとする事業である。

それなりに意欲的に取り組んでいるプログラムがあるが、多くのプログラムはまだ不十分と感じることが少なくなかった。個別のプログラムをけなすことではなく、日本の地域文化、学術文化が時代の要請に必ずしもついていっていないように感じた。

たとえば、特許出願件数、その特許を活用したライセンス件数と収入を日米で比較してみると下記のような表になる。


文部科学省のデータから作成

調べた年は日米で違っているが、大体の傾向が分かると思う。特許出願件数では、日本はアメリカの半分だが、ライセンス実施料は、ほぼ10倍の差がある。

これを日本の特許権の実施件数とそのロイヤルティ収入(実施料収入)をグラフにしたものを示した。


文部科学省資料より作成

これを見ると実施件数は着実に上がっているが、実施料収入は必ずしも順調に伸びていない。これは何を意味するか。

大学の休眠特許をどう理解するか

知財人材を育成する東京理科大学知財専門職大学院・生越研究室の修士課程の院生である前川春華さんは、「大学の休眠特許の発生原因と利活用に関する一考察」(2015年3月)として修士論文を仕上げた。


修士論文を書いた前川春華さん(前列左)と指導した生越由美教授(その右隣り)

その論文を読んでみると、日本の大学が保有する特許のうち、自己実施も他者への実施許諾を行っていない休眠特許は数多くあり、産学連携の課題が浮き彫りになってくる。前川さんは論文で、大学の休眠特許とは、「大学が保有する特許権のうち自己実施も他社への実施許諾も行っていない権利であり、開放可能な権利」である特許としている。


出典:前川さんの修士論文

前川さんの論文をかいつまんで解説すると次のような課題が浮上してきている。

*承認TLOへの補助金が打ち切られた2006年以降、TLO活動が急速に鈍化してきた。これによって大学が出願する特許件数も鈍化してきた。

*日本の学術現場では、研究者が特許権を取得する目的は、研究費の獲得や国からの支援獲得など実用化とは異なるところにあるので、大学が取得した特許は休眠することが多い。

*大学の特許案件の内容は、実用化される技術に抵触する部分が少ないので登録査定される確率が高くなるが、権利範囲は狭くなる。

*研究者は、ビジネスに役立つような特許権利に貪欲でなく、明細書を作り込むことに意義を見出している。その結果、出願代理人の弁理士とのなれ合いに流れやすい。

*産学連携に関与する人材が不十分であり、知財マインドも低い。ライセンスしても大学が獲得する収入は少なく、大学の人事異動などで担当者くるくる変わり、知財評価が確立できず特許権利を正当に評価できない組織になりがちである。

*大学の知財担当は、情報の発信・取得が不足しており、それはビジネスとして活用する機会が少なくなる。

*企業も大学も経費節減を大事にするため、特許の評価と公表に重きを置かない。そのため折角の権利も死蔵されてしまう。

さらに前川さんは、研究者311人、大学96校、51の企業にアンケート調査を行い、その結果を分析して次のような状況と課題をあげている。

「大学特許の存在意義は実用化にあるので、実用化になるような特許を取得することは大学の使命である。しかし多くの大学、研究者はその方向に向いていない」と言う。

大学が研究成果を特許化する理由(前川さんのアンケート調査結果から)

日本の産学連携現場に横たわる課題

こうなった理由として特許出願が、大学の研究者の評価項目になっていることも指摘している。学術活動の指標と実用化の価値とが一致していないことである。それはアメリカも同じと思うが、なぜ日米で産学連携の実績がこれほど差がつくのか。その理由もまた検証する必要があるだろう。

前川さんは論文の結論として「大学が保有する特許の休眠率は70パーセント前後である」と指摘している。そして大学が特許を取得しそれを実施することが、費用対効果と商業性が加わる研究との兼ね合いが日本の産学連携の現場を複雑な要因の中に置いていることも示唆している。

産学連携の成功事例としてノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士の例と、IGZOを展開する東工大の細野秀雄教授の実例も検証している。

大学が産学連携に参加する理由(前川さんのアンケート調査結果より)

この論文は、修士学位論文としては秀逸である。産学連携についてすべてを網羅した論文ではないが、次の課題を提起した内容であった。

筆者が経験してきた文部科学省の評価委員で感じてきた様々なテーマと課題について前川論文は論理的に実証的に網羅したものになっている。

かつて東京理科大学知財専門職大学院の教員を体験した筆者にとって、とても嬉しい価値ある修士論文だった。指導した生越由美教授に敬意を表しながら、このような私的な事情を超えて紹介したい論文だった。

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