大丈夫か日本企業の特許戦略
激変した直近19年の特許動向
アメリカ特許商標庁(USPTO)での特許取得件数は、毎年、世界中の産業界から注目を集めている。年を追って変転する企業の戦略や消長をうかがい知ることができるからだ。そこで2001年、2010年、2016年、2019年の取得件数の推移を別表のようにまとめてみた。
アメリカ特許商標庁での特許取得動向は、世界の先端企業の動向を見る有力な指標になるが、この19年間に産業構造が激変したこと、さらに企業の特許戦略に変化が出てきたことを受けて、特許取得状況にも大きな変革が出ていることが分かった。
トップ3は変わらないが・・・
コンピュータ時代の覇者IBMは、依然として特許取得で圧倒的な取得数を保持して首位を譲っていない。追いすがるのが韓国のサムスン電子である。2010年の勢いでは首位を奪還するのは時間の問題だと思っていたが、そこからのIBMの底力はすごいもので、首位を譲らず今では差は開く一方である。
IBMは取得した膨大な特許群を一部開放して、自社の企業戦略に役立てようと方針転換した。しかしそれがうまくいって業績を上げたようには見えない。
キヤノンもまた、トップ3の座をほぼ譲らずに来ている。2010年にはマイクロソフトに抜かれたが、すぐに抜き返している。ところが、業績を見るとサムスン電子の躍進とは裏腹にIBMとキヤノンは、業績低迷を続けており株価も低落したままである。この3社の株価チャートを見ると、サムスンだけが躍進していることがよく分かる。
IBMの株価チャート
サムスンの株価チャート
キヤノンの株価チャート
クラウド時代に乗り遅れたIBMは長期低落に歯止めがかかっていないし、キヤノンはかつての勢いが見る影もなく2年前から下降線の一途にある。複合機とカメラの収益が先細りになっているからだ。
それに比べてサムスンは、世界最大級の総合家電・電子部品・電子製品メーカーとしての地位を確立した。スマートフォン・薄型テレビ・NAND型フラッシュメモリ・DRAM・有機ELディスプレイでは、いずれも世界シェアトップであり、それを支える研究開発費も、2018年には世界トップになっている。
かつての日本の総合家電、電機メーカーの収益をまとめて奪い取っていった感がある。それを支えたのが研究開発とその成果を権利化した特許取得であると考えたい。特許取得は、研究開発マインドを上げることに役立っている。かつての日本企業がそうだった。出願件数を競っていた時代があった。
30年の時間差を置いて韓国企業に伝播しているのかも知れない。
その一方で以前サムスンは、日本の電機メーカーの技術を盗んでいると業界でささやかれていた。それが事実だとしたらサムスンは日本企業を反面教師として特許戦略を築いてきた結果、件数ではなく特許の中身で勝負しているのかもしれない。
健闘するインテルとソニー
一方、トップ20に常に顔出ししているのがインテルとソニーである。インテルは半導体業界特有の好不況の波にもまれることはあるが存在感を失うことなく健闘している。
ソニーはテレビやスマートフォンなどのエレクトロニクス部門の不振で、2009-2015年度に6度の最終赤字を記録していたが、ソフトウェアを中心としたシステム開発部門と、材料・デバイス開発部門といった別々の研究開発部門を一体化したR&Dセンターを発足させ、新体制が功を奏して低迷から脱却した。
ゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス、半導体、金融など多様な事業を展開し、高収益を誇る成長企業へと様変わりしたもので、2017年度には20年ぶりに過去最高益を更新し、2018年度には営業利益8942億円を計上するなど2期連続で過去最高益となった。
特許取得のトップ3プラスにインテル・ソニーを加えた5社の業績を見ると、IBMとキヤノンにとって、アメリカでの特許取得が必ずしも業績に結び付いていないことに気が付く。なぜこうなったのか。IBMとキヤノンは、Webサイトを取り巻くコンピュータ・情報通信革命の爆発的な波に乗り遅れ、インテルとソニーはうまく対応しながら乗り切っていると言えるのだろう。
IBMはクラウド・サービス時代に乗り遅れ、その波にうまく乗ったのがマイクロソフトと言えるだろう。IBMは方針さえ間違えなければ、圧倒的なコンピュータ時代の覇者として君臨できたはずだが新興勢力に頭を抑えられた格好だ。
誰でも知っているインテルのロゴが貼ってあるソニーのモバイルPC
アメリカ堅調・韓国躍進・日本急降下
この19年間のトップ20にランク入りした企業の国籍数を見ると、アメリカは2010年に停滞したが、直近10年で巻き返しており、産業構造の変革に沿った特許戦略が展開されていることが分かる。対照的なのが日本だ。産業構造の大変革の時代に乗り遅れ、凋落の一途を辿っているように見える。
これに対し日本企業の知財担当者からは「米国特許件数は直ちに業績を反映するようなものではなく、これにこだわる意味はない。最近は目的があって件数を減らしている事情もある」というコメントをいただいた。取得件数だけを問題にすることはミスリードにつながるという意見である。
逆に韓国は、この時代の波に乗って大躍進である。20年前にトップ20に顔出ししていたのはサムスン電子1社だけだったのが、2019年にはこれにLG、サムスンディスプレイ、ヒュンダイが加わった。
特許取得件数が企業の業績に即反映するわけではないが、企業の消長をうかがう指標にはなる。その意味で韓国勢が製造業で躍進しているという見方をしたい。
さらに2016年からアメリカの企業群も様変わりした。トップ20にマイクロソフトのほかにアップル、アマゾンそしてグーグルが加わってきた。この新顔はいずれも製造業ではなく、コンピュータ・クラウド時代のサービス業である。アマゾンは、書籍の通販から始まってあらゆる通販に業態を広げ、さらに情報通信産業に参入してきた。
こうした新顔グループは、いずれ製造業にも進出してくる気配を感じさせている点だ。電気自動車で台風の目になってきたアメリカのテスラと手を組んで、この業界を席巻することだって考えられないことはない。創業者や経営者は、既成概念にとらわれなく新たな価値を見出して実現することが得意な人たちである。
グーグルが自動運転技術に乗り出していることや、インドに多額投資をしていることが将来、何を目標としているのか。そのような企業の戦略と特許戦略が一体化していることは間違いないだろう。
さらに中国勢が台頭してきた。ファーウエイは、トランプ政権が目の敵にして排除政策を進めており、かつての日本の半導体事業を主軸としたアメリカの「日本たたき」を思い出す。
京东方科技集团(BOE)は、国営の真空管製造企業だったが、2010年代になってから液晶ディスプレイメーカーとして急成長し、2017年からは大型液晶パネルの出荷量で世界トップとなった。この急成長と特許取得件数の急激な伸びは無関係ではないだろう。
日本の大企業、特にはいて捨てるほどの特許を生み出してきた電機産業の企業群もかつては、特許出願件数を競い合い、それが企業業績の伸張に結びついていた。それが成熟した企業となり、クラウド時代を迎えてどう企業経営を変貌させようとしているのか。
情報通信業界に代表される情報工業化時代であるが、この業種のベンチャー企業は、日本ではまだ物足りない。アメリカでは、経営効率化を目指すシステム開発や企業向けIT運用の自動化ソフトを提供する企業など、クラウド時代に対応したシステムやソフト提供型の新しい企業群が出てきている。サービスナウ、ドキュサイン、アトラシアンなどである。
いずれこの成果は業界標準として世界を席巻することになるのではないか。日本にはこのような企業はなかなか生まれてこない。
日本人の才能に問題があるのではなく、社会的な仕組みや行政の構造的な欠陥に問題がありそうだ。これからもその点を検証していきたい。