コラム

国立有名大学の元副学長が特許侵害で懲戒解雇

自分で設立したベンチャー企業を通じた不正
京都在住の知人から度肝を抜くようなニュースが送られてきた。さる9月12日に報道された京都新聞の記事である。開学120周年の伝統を持つ名門大学の京都工芸繊維大学の前副学長の森肇教授(60)が、同大学の特許を侵害したとして、同日付で懲戒解雇処分にしたと発表されたニュースである。
理由は、自分で設立した企業に利益誘導したとの理由で懲戒解雇されたものだ。

同大学がホームページで発表している内容(https://www.kit.ac.jp/2019/09/important190912/)と関連報道をまとめると次のような事実関係だった。
森・元教授は、1987年04月、株式会社プロテインクリスタル(PCC社)を設立し、96年末まで代表取締役を務めていた。
その間、森・元教授は、京都工芸繊維大学に勤務し、助手、助教授を経て2005年に教授に昇進。2018年4月から同大学理事・副学長という要職に就任した。

大学の説明によると、森・元教授が理事・副学長だった2015年1月、先に設立したPCC社と同大学が共有している特許に関し、特殊な薬剤カプセルの作製技術に関する技術の特許使用権を大学に断りなく、海外のバイオベンチャー企業に譲渡していたという。
ライセンス料はPCC社にだけ入るようにした契約だった。またこうした事実を大学の事務職員に命じ、この事実を隠蔽しようとしたという。

さらに森・元教授が大学の知的財産評価審査部会の部会長だった17年4月、薬剤カプセルの応用特許を海外の企業と学生1人とPCC社の3者名義でイギリスに出願したという。この応用特許は、同大学が単独で海外出願することが同部会でも決まっていたものだったが、それを無視して大学抜きの共同出願したことになる。

この件について大学の調査を受けた森・元教授は「特許技術は大学での研究成果ではない。PCC社が独自に開発した技術だ」などと抗弁したという。
同大学が出願に入っていないため、大学は権利をとることはできなかった。

同大学は、森・元教授を刑事告訴すると発表している。これに対し森・元教授も、大学側の解雇処分は不当なものであり、この処分を取り消す訴訟を京都地裁に起こすと表明している。

森・元教授はメディアの取材に対し、契約は大学の了解で進めていたことを主張しており、関連特許の出願に大学を入れなかったのは、大学の決済が遅れたためにやむなく出願人から外したのもので、後から追加する予定だったとの説明をしている。

森迫清貴学長は「要職についていた者の不正行為であり、極めて残念」とコメントしており、学長は役員報酬の10%を3カ月分返納するとしている。
学長が責任を取ったように見えるが、これでは一過性の問題になってしまう。大学のビジネス管理体制を抜本的に変えない限り根絶することにつながらない。利益相反の倫理規定が大学マネジメントに確立されなければならない。

開学120周年の伝統を持つ京都工芸繊維大学(同大学ホームページから転載)

重大な課題が提起されている
これが事実なら驚くべき不祥事である。しかし、このようなことが国立大学で行われていることに産学連携の陰の部分を見た思いで残念だ。この不祥事には二つの重大な課題が提起されている。

まず第一に、倫理観の乏しさである。大学のマネジメントの現場のコンプライアンスが機能していない事実を露呈した。これは当事者を刑事告訴する前に、まず大学の管理体制が問われることになる。森迫学長が役員報酬の10%を3か月分返納するとしたのは、管理者としての役職不十分を反省したものだろう。
一般的に日本での大学ビジネスは、まだ成熟していないので、実務面でお粗末な対応が指摘されていることも少なくない。

ある私立大学のビジネス・マネジメントでは、日本私立学校振興・共済事業団による受配者指定寄付制度により非課税扱いとなることを利用するケースが出ている。大学から大学の子会社に多額の出資を行い、子会社がこの出資金をもとに不動産投資で儲け、その利益を税金を納めないで財団を通じて大学に寄付として還元している実例が出ている。国税関係者によると、個々の手続きは合法的であるが、全体のビジネス手法は実質的な脱税行為にあたると見ており、法改正につながることを示唆している。
こうした倫理観の欠如から出たマネジメントの未熟さが、産学連携の現場でも指摘されている。

第二は、大学の研究者の産学連携活動への未熟さである。大学が実施している経営業務は、教育と研究がすべてであり、それは国家の知的インフラの構築に貢献するという重大な役割を担っている。これは公私立を問わない。その代わり大学法人は、税務だけでなく多くの法的制約を緩和もしくは免除される恩典を与えられている。大学は社会の公器と言われるゆえんでもある。

大学の研究は公開、説明責任が大前提であり、その成果は大学・企業・研究者らが共有することがルールになっている。研究者がいい発明をして権利化し、ロイヤルティで稼いで億万長者になってもルールの中でやる分には大いに結構だ。

ノーベル賞を受賞した北里研究所の大村智先生は、米国のメルク社と産学連携の契約を結び、総額215億円もの巨額のロイヤルティを得ている。大半は北里研究所と北里大学に還流させ、次の研究や教育インフラにつぎ込んだが、これは世界でも最も優れたモデルだろう。

こうした前例があるにも関わらず、今回のような不祥事が発覚し、世間に赤恥をさらけ出した事態は情けない。もっと成熟した知財学術活動を醸成してほしい。

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