コラム

営業秘密保護法の制定が急務

諸外国と比べて遅れている日本の制度

最近、日本国内、国外で活動する日本企業の知的財産権の管理のあり方が、不十分であると指摘されることがある。研究開発の成果を特許権として管理す るだけでは不十分であり、生産技術、実験データ、顧客名簿などの営業秘密(ノウハウ)が社外や外国に無断で持ち出されるケースが頻発しているからだ。

米国、韓国、中国などでは、営業秘密の漏えいは非親告罪とし、罰則も強化するなど刑事的保護を強化しているが、日本では不正競争防止法で保護してい るが不十分とする声が出ている。営業秘密保護を厳しくしている国際的な流れの中にあって、我が国の営業秘密保護制度は遅れていると指摘されている。さらに 近年はサイバー攻撃による機密漏えいや、農作物の品種改良など農林水産技術の流出も出てきている。

さらに我が国の大学・研究機関は、営業秘密の漏洩に関して認識が甘く、諸外国に比べて緩い取り締まり体制の不備も指摘されている。

営業秘密保護については、不競法から独立した営業秘密保護法の制度確立が喫緊の課題であり、筆者が主宰する特定非営利活動法人21世紀構想研究会でも法制化への論議を積み重ねている。

 

営業秘密の漏えい事例

近年、営業秘密の社外への無断持ち出しで社会問題になった主なケースを別表のとおりまとめた。この中でニコン事件では、ニコングループの元社員から 機密技術情報を受けたとされるロシア人は、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)に所属していた人物であり、軍事利用を目的に技術情報を集めていたとされて いる。

デンソー事件では、大量の機密データを無断でダウンロードして社外に持ち出した中国人は、中国国営の軍事関連企業に勤務した経験があるとされるほか、在日中国人の自動車技術者団体の幹部を務めていた。

ヤマザキマザック事件では、不正に社内の機密データを持ち出そうとした中国人社員は、社用パソコンのIPアドレスを繰り返し改変し、情報複 製を続けていたことが発覚した。同社を退職することが決まった後、大量のデータをダウンロードしていることから不審に思った会社の調査から不正取得が明ら かになった。

新日鉄住金とポスコの紛争は、新日鉄住金が40年以上かけて改良を重ねた「方向性電磁鋼板」の製造技術が韓国人に盗用されたものだ。同社は営業秘密 として管理していたが、これが2007~08年に、中国の製鉄会社への秘密漏えい事件で韓国検察に逮捕・起訴されたポスコの元研究員(有罪確定)が、「漏 えいしたのは新日鉄の技術」と供述したことから発覚した。新日鉄住金の営業秘密が韓国に漏洩し、さらに韓国から中国に流れていったケースであった。

新日鉄住金は、研究開発部門にいた元社員とポスコ日本法人を相手取り不正競争防止法に基づき986億円の損害賠償と同製品の製造・販売の差し止を求める訴訟を起こした。

営業秘密漏洩に関する近年の主な事件

事件名 発生日時 事案の内容
ニコン事件 2006年8月10日 ニコングループの元主任研究員(47)が、軍事用の光学通信関連技術を
在日ロシア通商代表部職員のロシア人(35)に渡した容疑で、警視庁公安部は
2006年8月10日、2人を書類送検した。書類送検されたロシア人は裁判所に
出頭する命令を受け取った後にロシアに帰国した。
デンソー事件 2007年3月16日 デンソー(本社・愛知県刈谷市)の中国人技術者が、自動車関連製品の
図面を大量にダウンロードした会社のパソコンを無断で持ち出したとして、
愛知県警外事課と刈谷署は2007年3月16日、刈谷市在住の容疑者1名を
横領の疑いで逮捕した。最重要ランクの企業機密280種類を含む、製品1700
種類のデータ、約13万5000件が不正に持ち出されていた事が判明した。
ヤマザキマザック事件 2012年3月27日 工作機械大手ヤマザキマザックのサーバーコンピューターにアクセスし、
同社の秘密情報を複製したとして、愛知県警生活経済課などは2012年3月27日、
同社社員で中国籍の容疑者1名を不正競争防止法違反容疑で逮捕した。
新日鉄住金・ポスコ紛争 2012年4月19日 新日鉄住金は、ポスコと、日本法人「ポスコジャパン」(東京都中央区)、
新日鉄で研究開発部門にいた元社員を相手取り、東京地裁に技術盗用を理由に
損害賠償を求める訴えを起こした。同社は米国でも、ポスコを相手取って4月24日に提訴した。
問題の鋼板は「方向性電磁鋼板」であり、電気を各家庭に送るための変圧器に
広く利用される特殊な鋼板である。高機能の電磁鋼板の生産規模は、世界で
年間約100万トン生産されており新日鉄は世界シェア約3割のトップメーカーである。しかしポスコも2004~05年ごろから急激に品質を向上させ、
現在のシェアは約2割になるとされる。

営業秘密保護の法制度の必要性

従来、わが国では営業秘密の保護は不競法で行ってきた。法的に権利化されなくても、自社が知的財産権として確立した営業秘密は、社員が無断で外部に 持ち出したりライバル他社に情報を持ち込んだりすることはもちろん法で禁止している。しかしそれを承知で持ち出してライバル社に就職したり、報酬と引き替 えに他社に漏らすケースが後を絶たなくなってきた。

特に営業秘密を外国へ持ち出された場合は、我が国の現行法では手の打ちようがなく、日本の技術・情報などの無防備な国外流出として大きな問題になっ ていた。こうした不正を根絶するため、営業秘密のいっそうの保護強化と模倣品・海賊版の流通被害を防止するため、政府は数回にわたって営業秘密の保護強 化、罰則の見直しを行ってきた。

平成17年の改正では、国内の企業で管理されている営業秘密を外国で使用したり開示した者にも罰則を拡大、営業秘密が関係する民事訴訟で、裁判所の秘密保持命令が出ているのに国外でこれを開示した場合も処罰の対象となった。

しかし現行不競法は、営業秘密を厳密に管理するように求めているうえ、漏えいした場合に相手企業が盗んだ技術を使っていることを裁判で立証する必要があり、企業にとってハードルが高くなっている。

米韓独と日本の現行法の比較

米国、ドイツ、韓国、中国などでも営業秘密保護については法制度を整備しているが、特に韓国は「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律」だけでなく2006年10月には「産業技術の流出防止及び保護に関する法律」を制定した。

同法第1条(目的)は「この法は、産業技術の不正な流出を防止し産業技術を保護することにより国内産業の競争力を強化し国家の安全保障と国民経済の 発展に貢献することを目的とする。」とあるように、産業技術を保護することに特化した法制度である。韓国がこのような法制度を制定した背景には、自国企業 の技術が外国に流出することを想定して防止策を講じたものであろう。

また、不競法の適用で日本は親告罪であるが、韓国、中国、アメリカ、ドイツの4か国はいずれも非親告罪になっており、国ぐるみで営業秘密の漏出を防止しようとする意気込みが出ている。刑罰も日本は4カ国に比べて軽い。

経産省などの調べによると、平成15年の不競法改正後に我が国で刑事罰対象として摘発された技術流出事件は、わずか2件にとどまっている。これに対 し韓国では、2008年から2012年までに韓国・国家情報院産業機密保護センターが摘発した産業技術の海外流出案件は202件にのぼっている。

こうした現状を見ると、日本では営業秘密保護に関する法整備が必要であり、早急に動き出す必要があるだろう。

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