医薬業界
電気・機械の分野と化学では、ビジネスの形態がそれぞれ異なることは当然といえましょう。そうした中で、化学、特に医薬の関係は大分違います。研究 開発の前に徹底した特許や文献の調査をすることは当たり前で、研究開発者自身が特許や文献を把握しないで、研究開発に着手することはあり得ないのです。
これにはわけがあります。医薬の世界では物質特許というものがあって、化学物質や合成物質の組成そのものを、特許として押さえることができることが一番の 理由でしょう。さらに、化学物質は大量に生産しなくとも、全世界の消費量を一つのプラントで製造できるような規模が多いといわれています。このため、一つ の物質をあちこちで作っていたのでは、企業として成り立たないのです。もちろん、安定供給のためにリスクの分散を意図して、複数の工場や地点、または企業 で生産することはありうることです。これはスケールメリットを度外視した選択でしょう。そうしたことは別として化学の世界では同じものは作らないという不 文律があったといえます。ミーツー・ビジネスはあり得ないのです。
だから、すでに他人が始めていたり、研究している分野を避けて開発することが大切なわけです。そこで、調査が必須になります。他社が特許を取得していれば、下手すればビジネスや会社自体が危うくなるからです。
こうした化学の分野でも、最近は特許を侵害したということで、裁判沙汰になることが増えています。そして、企業の体力や情報調査能力のないところが、淘汰 されてきつつあるといいます。ある会合の帰りに日本でトップといわれる医薬メーカの知的財産部長と話をする機会があったのですが、欧米では世界的にも相当 有名なメーカが、他の医薬メーカに買収され出したといいます。これからはもっと、そうした傾向が表れるともいわれていました。この人は研究所長を経験して きた薬学博士です。(実は化学関係の知的財産部のトップが薬学博士であることは珍しいことではありません)。医薬メーカの間で起こっている、離合集散の動 きを機敏に察知した社長の特命でもって、知的財産部門に回ってきたといいます。なんといっても、特許の取り方や調査しだいで会社が傾くかも知れないのです から、その位の人事はびっくりするに値しない世界なのです。
医薬業界では物質を押さえただけで安心していると、その応用を外国のメーカに取られるケースが出てきたというのです。医薬物質を最適な形で提供するものを 応用特許として押さえられてしまうのです。液体で注射するとか、粉薬や錠剤が良いとか、他の物質と合わせたほうが副作用が少ないとか、ジワジワと効かせる のが効果的だとかいったものを特許に取られてしまうというのです。そこで、物質が判明したり、ある種の性質があると判った時点で、特許や文献の調査を実行 し、同様な性質の物質はどのような形で製品化されているか把握するのです。そして、どのような形態で提供するのが望ましいか予想して特許を取得することに したそうです。これが、くだんの知的財産部長の独自のやり方です。基本だけでなく応用特許を早期に取得する戦略なのです。