医薬品特許と2010年問題
医薬品を開発するには、莫大な研究投資が必要である。開発された技術や物質を、特許権利で囲い込んで独占的に製造・販売して利益を獲得しなければ、次の研究開発には結びつかない。
特許の権利は、特許出願日から20年間だが、医薬品の場合は最大25年間まで延長することが認められている。と言うのは、新薬の製造販売の承認を得るには通常、長期間かかる。特許を取得してもその医薬品の製造販売の承認が得られないケースが多いので、その期間を考慮して延長しているものだ。
医薬品の特許期限が切れると、後発品メーカーが一斉に同じ医薬品製造・販売に参入してくる。ジェネリック医薬品と呼ばれるもので、最初に開発した医薬品は特許権利がある期間は独占的に製造・販売できるが、特許権利が切れた場合、厚労省の承認を得てジェネリック医薬品を製造・販売できる。
こちらの医薬品は、工業製品でいえばいわばコピー製品だから開発コストもほとんどかからないので販売価格は、新薬の2割から7割まで抑えることができる。これでは先発した新薬は価格では負けてしまうので、当然、それまでの価格も下げなければならず、売り上げ減少になる。
医薬品の最大市場はアメリカだが、そのアメリカで大きな売り上げを出していたエーザイのアルツハイマー型認知症治療薬アリセプトが、2010年に特許満了となる。権利満了後に来る収益減少をどうカバーするか。これがいわゆる医薬品業界の「2010年問題」と呼ばれるものだ。
アルツハイマー病は日本人よりも欧米人に多い認知症だが、その原因は脳細胞間の信号伝達のときに働く神経伝達物質アセチルコリンが不足して認知症が発症するものだ。アリセプトは、アセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼという酵素の働きを妨害するもので、その結果、脳内のアセチルコリンが増え、神経間の伝達も改善されて認知症が改善する。
アリセプトの特許権利が切れるとジェネリック医薬品が参入して収益が大幅に減少するとみられるが、エーザイはこれをカバーするために、2010年から転移性乳がん治療薬や重症敗血症治療薬など4つの医薬品を上市すると発表している。
武田薬品工業は、糖尿病治療薬のアクトスが2011年に、降圧剤(ARB)のブロプレスが2012年には特許満了となる。同社でも「今後、特許満了による売上の減少をどう補てんするかが大きな課題だ」としており、新薬の創出や創薬基盤技術の研究開発などに意欲的に投資する方針を発表している。
世界100ヶ国以上で医薬品・ヘルスケア産業のマーケット情報を提供するIMS社のアメリカでの医薬品市場の予測成長率によると、2009年は4.5~5.5%に上方修正している。
リーマンショック以来、世界の経済状況は悪化し、当初の予想ではアメリカでの医薬品市場成長は横ばいかマイナス成長としていたが、米国の医薬品市場は驚くほど強固であり市場予測を引き上げたようだ。また同社の2010年の日本の医薬品成長率の予測では、この4月に予想されている薬価改定を織り込んでマイナス2%からゼロになるとしている。
これもまた、日本の「2010年問題」となっている。
しかし、世界の医薬品市場予測では新興国の成長は軒並み10%を超えるとIMS社は予測しており、日本の医薬品メーカーにとって国際的な展開が大きな課題になってきた。武田薬品工業は、新たに販売子会社としてスウェーデン、ベルギー、トルコ、メキシコなど7カ国への進出を進めており、国際競争力の強化に重点をかけているようだ。