コラム

先細る日本の科学技術開発力

揺らいでいる研究開発の国家の基盤
最近、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生ら
日本のトップクラスの研究者と話をする機会があったが、
いずれも日本の科学技術研究が先細りになってきたことを心配していた。
先端研究は、アイデア勝負ではあるが、
そこに至る基盤がなければ、競争力のあるアイデアも浮かばない。
基礎研究の成果がなければ特許や意匠にも結び付かない。

研究基盤の指標になるのは、国家の研究開発への投資であり、
研究現場で生み出される論文の数と質であり、
研究者の卵である博士号取得者数の推移である。
日本はこの10年間、いずれも他の主要国に比べて停滞しており、
人口が半分程度の韓国にも追いつかれるか抜かれている。
人口比で見ると、日本は決して科学技術の先導国家ではなく、
これまでも実質的にドイツ、イギリスを追い抜いているようには見えなかった。

アジアでは中国と韓国に続く国家に見える
文科省の「科学技術指標2022」の主要国における研究開発費総額の推移を見ると、
日本の停滞ぶりは明らかである。
この表のイギリスは、2020年の数字がまだ出ていなかったので、
ここでは2019年の数字で伸び率を出した。

途上国から脱するために国家をあげて科学技術立国へ舵を切っている中国の研究投資額は半端ではない。
韓国も先進国に仲間入りして久しいが、
日本に追いつけ追いぬけという国家の目標は、ほぼ達成されたかに見える。

2011年から2020年までの10年間の推移を示した表だが、
民主党の野田内閣から自民党の2度目の安倍内閣に代わり、
2022年9月から菅内閣に代わった。
つまりこの10年間はほぼ、安倍内閣が政権を運営していたことになる。

この間、日本人ノーベル賞受賞者は、毎年のように出ていたが、
そのころからこの勢いが先細りになるという危惧がささやかれていた。
それは研究者の卵である博士号取得者が年を追って減少し続けており、
今や人口がほぼ半数の韓国に追い抜かれている。
 
博士号を取得してもメリットがないという社会システムにも問題があるが、
日本の大学教育は、偏差値だけで選別された学生が、
入学以来たいした勉強もしないで就職予備軍として送ってしまうからでもある。

科学技術研究で日本が世界で存在感を徐々に失ってきたことでは、
研究論文数が伸びないだけでなく、研究論文の中でも上位10%の注目論文数の数でも、
地位低下が甚だしい結果になっているからだ。

1980年代の前半から90年代の前半までは、
上位10%論文では米英に続いて世界3位に位置していた。
それが2022年にはフランス、韓国にも抜かれて12位まで転落した。

「日本人で高い評価を受けている研究者は、ざっと見て半減した」と嘆く研究者もいる。
こうした傾向に拍車をかけているのが、博士号取得後のポスドクへの処遇である。
アメリカではポスドク研究者は、独立した研究室を持ち、
研究予算の獲得でも若い時から実力で勝負できる伝統がある。

ノーベル賞人材は減退してきたのか
国家の科学技術力のひとつの指標となっているのがノーベル賞受賞者数である。
21世紀になってから日本は、アメリカに次いで2位につけるなど、
その存在感を出してきたが、この勢いがいつまで続くのか。

ノーベル賞受賞業績の変質も言われ始めている。
基礎研究の業績に授与する伝統は少しずつ変質し始めているからだ。
純粋な基礎研究の領域から応用・実用化研究へとすそ野を広げているように見える。

今年の1月に英科学誌「ネイチャー」に
「時間の経過とともに創造的破壊を生む論文や特許が減りつつある」との
タイトルで掲載された論文が話題となった。
これは1945年から2010年まで世界中で発表された約2500万件の論文と、
アメリカの特許商標庁(USPTO)のデータベースにある
1976年から2010年までの約390万件の特許を分析した内容を発表した。

全分野での論文の画期性は減少に転じており、物理科学ではゼロになったという。
基礎物理では、ノーベル賞へのネタがなくなったとうわさされることにも
つながっているように見える。
 
特許内容でも全分野で80年に比べて2010年は78%以上、画期性が減少したとしている。
21世紀になってから世の中を変えるような画期的な発明や発見が少なくなってきたという。
創造的破壊に陰りが出てきたのだろうか。

ChatGPTなどAI技術との競合になるのか
プロの将棋の世界で現れた天才・藤井総太竜王・名人は、
いま全8つの将棋タイトルのうち7つを手に入れ
最後の将棋王座のタイトルを奪取すると、全制覇となる。
藤井竜王・名人が強くなったのは、将棋ソフトの普及によって、
AI分析が進展して、そのソフトを活かした勉強法で強くなったからと言われている。

もちろん天賦の才能もあるだろう。
その才能に油を注いだのがAI技術の成果であり、
人知と人工的才知が程よく複合して新しい才能に華を咲かせたのかもしれない。

そうしてみるとAI、ChatGPTの出現によって人類は、その技術を踏み台にしながら
新たな革新的発明・発見につながっていくような気がする。
人工的にいくら優れた技術が出現しても人間の知恵には及ばないと筆者は考えている。

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