コラム

先端技術開発しても知財で守れず
泥仕合になった日本の代表企業

日中間の企業をめぐる大型知財紛争が勃発
2021年の秋から年末にかけて、日本を代表する日本製鉄(日鉄)が、自社が開発した鉄鋼製品について特許が侵害されたとしてトヨタ自動車(トヨタ)・三井物産(物産)・中国の鉄鋼大手宝山鋼鉄(宝山)を東京地裁に提訴した。
知財関係のニュースとしては、近年まれにみる大型訴訟だが、同時に日本の知財戦略がいかに貧困・脆弱であるか世界にさらけ出した感じでもある。事件のあらましを追いながら、課題を整理してみた。

日鉄の技術開発の歴史
日鉄(旧八幡製鉄)は1961年から電磁鋼板技術開発に取り組み、1968年に世界で初めて量産技術を確立し家電製品の材料として供給した。電磁鋼板とは、特殊な製造プロセスによって鉄の磁石につく特性(磁気特性)を著しく高めた高機能材料で、発電所の発電機、各種電気機器、電動車、携帯電話の振動モータなどの鉄材として利用されている。

変圧器のうなり騒音は4分の1に減り、トランスの熱損失は25%軽減され、日本製家電製品の輸出に貢献した。電力ロスを大幅に軽減するので、脱炭素・地球温暖化対策にも有力な材料となっている。

電磁鋼板は、無方向性電磁鋼板と方向性電磁鋼板と大別されており、どちらも特許技術として囲い込まれており、この分野では日本の鉄鋼メーカーの技術が世界の先端を走っていた。
日鉄は、旧八幡製鉄・新日本製鉄・新日鉄住金・日本製鉄と社名・組織を変えてきたが、終始、薄くて強い方向性電磁鋼板、無方向性電磁鋼板などの開発に取り組み、世界最先端の技術開発の実績を誇ってきた。

日鉄はホームページで次世代自動車開発に革新を起こす製品・技術について詳しく説明するコーナーまで設置し、自社の開発意気込みを示している。

知財管理に穴があって韓国に漏出
先端技術として開発した技術は、特許として権利化する一方、製法上で重要な技術は公開特許で露出することを避けるため営業秘密として管理してきた。
方向性電磁鋼板および無方向性電磁鋼板技術の特許は、日本では出願・登録したが、韓国、中国には出願しなかった。歴史的に韓国、中国の鉄鋼技術は日本に比べてはるかに遅れており、日本の製鉄企業が技術を指導することも行ってきた。
このような技術格差の状況の中で、日鉄を退職した社員を韓国最大手の鉄鋼メーカーのポスコが採用したとされている。ポスコの狙いは、営業秘密の方向性電磁鋼板製造技術情報を得るためであった。
このような方法は多くの電気機器メーカーでも起きている。定年退職した技術者に法外な報酬を提示し、その代わり公開されていない有力な技術を取得する。現役の技術者でも企業に内緒で報酬と引き換えに技術を提供する。

韓国の有力な電子・電機メーカーが、こうした手法で技術を取得して磨き上げ、日本の技術レベルにキャッチアップしてきた。これが鉄鋼業界でも起きていたのである。

2012年4月、日鉄は不正競争防止法等に基づき、ポスコに対し約986億円の損害賠償及びポスコでの方向性電磁鋼板の製造・販売等の差止め等を求める訴訟を日本とアメリカで起こした。
2015年9月、ポスコは、約986億円の賠償請求に対して300億円の和解金を日鉄に支払うことで折り合い、和解が成立した。
日鉄は10人の元社員に対し損害賠償請求訴訟も起こしていたが、10人が解決金を支払って和解が成立した。

中国宝山へも技術流出
中国の宝山への技術流出は、ポスコの社員が中国の宝山に技術を流出していたため韓国で逮捕され、その裁判の過程でポスコの技術は日鉄から不法に入手していたものであることが明らかになり、発覚したものだ。日鉄は宝山の鉄鋼製品は自社技術を侵害していることは分かっていたが、特許権利を中国で取得していなかったため、提訴することができなかった。

事態は宝山製の鋼板を三井物産が輸入してトヨタに販売し、トヨタが自動車製造に使って販売していることが明確になったことから急変した。
日鉄のいわば模倣品鋼板が日本に輸入されて日本国内で流通すれば、特許侵害に当たるのは当然だ。裁判では宝山鋼板が特許侵害に当たるかどうかが争われることになるが、宝山鋼板は日鉄技術をもとに製造された疑いが極めて濃いと日鉄は判断したのだろう。これが当たっていれば模倣品鋼板である。

2021年10月14日、日本製鉄は電気自動車やハイブリッド車などのモータに使われる無方向性電磁鋼板の特許技術をトヨタと宝山鋼鉄に侵害されたとして東京地裁に訴えた。両社にそれぞれ200億円の損害賠償を請求し、同時にトヨタに電磁鋼板を使用した自動車の製造・販売の差し止めの仮処分を提出した。

日鉄は物産も特許侵害で提訴
2021年12月23日、日鉄はトヨタ・宝山に続いて無方向性電磁鋼板の特許技術を侵害されたとして物産も提訴した。物産は日本製鉄から訴状が届いたことは認めたがそれ以上はノーコメントとしている。日本製鉄も同様の対応で請求した損害賠償額などは明らかになっていない。

そっくり同じ訴訟がすでに出ている
日本の特許技術が中国で侵害されて模倣品が製造され、その模倣品が日本に輸入されて摘発された事例が、すでに2015年3月に発生している。

模倣品はコピー機のトナーの原材料であり、製造技術の特許を持っている保土谷化学工業(保土ヶ谷)は、この模倣品の輸入業者のY社が日本の大手企業などに販売していることを確認した。

そこで保土ヶ谷は、輸入・販売業者であるY社は特許侵害であるとして損害賠償請求訴訟を東京地裁に提訴した。Y社は特許無効を申し立てたがこれは認められず、訴訟でも勝ち目がないとみて和解となった。
損害賠償額、和解金は未公開であるが、1億円に近い額の支払いで和解したと業界には伝わっている。

保土ヶ谷事件から今回の事件の帰結を予想
保土ヶ谷事件では、中国で製造された模倣品のトナー原材料を購入していた国内の大手メーカーは訴えられず、模倣品を輸入していた商社だけが訴えられ、実質的に商社は負けた。
もし購入していた大手メーカーも訴えられていたら、当然、同じ判断で賠償金支払い相当額の和解金が必要だっただろう。

この事件は、東京税関で模倣品が入ってきたことにストップをかけ、そこから特許侵害事件へと発展した。この事件に習えば、宝山から日本に輸入されてきたときに税関に申し立てて模倣品(鉄鋼製品)のストップをかけ、特許侵害で提訴することも可能だった。

保土谷事件では、2つの大きな教訓を残した。1つ目は中国の模倣品の品質が真正品と並ぶほどの高品質であること、2つ目は権利者の取引相手の日本企業は模倣品の低価格の魅力に負けて購入し、特許の侵害者になってしまうことだった。

この教訓は生かされず、今回の日鉄事件は保土ヶ谷事件と同じ経緯を辿っているように見える。日鉄の特許権利が無効でない限り、トヨタと物産は損害賠償を支払うことになるだろう。

日鉄製の電磁鋼板が使用されているとされるトヨタ・プリウス
(同社ホームページより)

この事件の背景と世界の趨勢
日鉄事件は多くの教訓を残している。
日本企業の先端技術開発は素晴らしいが、それを知的財産として権利化して管理することに穴があったことだ。特に営業秘密の管理に甘く、社員が後発国に技術を持ち出すことの対応には未熟だった。

トヨタは、中国・宝山が日鉄の特許技術を侵害していないと言っているから許されるようなコメントを発しているが、本当にそうだろうか。
トヨタは、コストダウンのために日鉄より安い製品を買っただけでなく、中国鉄鋼メーカーと手を結ぶことで、膨大な市場を抱えている中国でのビジネス展開を少しでも有利に運ぼうとした思惑があったのではないだろうか。

一方で日鉄は、トヨタに対しては長年にわたって要望に応じた優れた鉄鋼製品を供給してきた。値段が折り合えないというだけで、模倣品製造の中国宝山に乗り換えるようなことは許されないと判断したのではないだろうか。
宝山技術が日鉄から違法に漏えいされた技術であることがわかっている以上、トヨタ・物産であってもここは譲れないと日鉄は判断したのではないか。

今後の帰結を予想すれば・・・
まず第一に、日鉄の特許技術を宝山が侵害していたかどうかがひとつの山になるだろう。日鉄の特許技術が宝山に流れていたという傍証はあるが、確定するものはまだ明らかになっていない。

しかし宝山製品の分析などによって、日鉄技術なしにはできない製品であることが確認できれば、模倣品という判断になるだろう。日本で特許権が確立されているので、これを無効として闘うこともトヨタと物産にはある。
日鉄は顧客を特許侵害で訴えたのだから、当然、顧客は敵対的関係になるので取引を止めて離れていくと予想するのが普通だ。それでもなお、日鉄が訴訟に踏み切ったのはよほどの理由があったのだろう。

日本の知財現場を見直すためにも、この訴訟は判決で白黒をつけてほしい事件である。日本的に話し合いで適当な金銭のやり取りで済まし、根本的な知財の課題を解決しないまま課題を先送りすれば、それだけ知財世界の中で遅れるだけになる。
司法は安易な和解勧告などしないで、本格的な証拠調べを行い、世界が納得するような判断を示してほしい。

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