コラム

中国の科学技術力と知的財産権 その2

世界の知財権利激増の流れ

前回の「その1」では、元文部科学省文部科学審議官、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)副理事長を務めた後、現在、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター上席フェローに就任している林幸秀氏が刊行した「科学技術大国 中国」(中公新書)の内容を紹介した。

この本で林氏は、中国の主たる科学技術分野の研究内容とレベルを分析し、日本の同分野との比較した見解を語っている。中国の科学技術力が一面では世界トップに躍り出て、日本を凌駕しそうなレベルまで上がってきている現状を報告した。

今回は、科学技術の研究成果の指標として最も重要なものになっている知的財産権、特に特許、実用新案権などについて世界と中国の流れを俯瞰してみたい。

産業財産権のトップ10を見る

まず直近の産業財産権である特許、実用新案、意匠、商標の4つの権利についての出願件数の世界トップ10を調べてみた。

出典はいずれも、世界知的財産権機関(WIPO)、特許庁、台湾特許庁が発表している統計をもとに作成したものである。

表の中で「注1」、「注2」とあるのは、表の脚注で示した。

 

世界の特許出願件数トップ10(2011年)
国・地域 件数
1 中国 526,412
2 アメリカ 503,582
3 日本 342,610
4 韓国 178,924
5 欧州特許庁(EPO)注1 142,793
6 ドイツ 59,444
7 インド 42,291
8 ロシア 41,414
9 台湾 50,082
10 豪州 25,526

世界の実用新案出願件数トップ10(2011年)

国・地域 件数
1 中国 585,468
2 台湾 25,170
3 ドイツ 16,027
4 ロシア 13,245
5 韓国 11,859
6 ウクライナ 10,437
7 日本 7,991
8 トルコ 3,288
9 スペイン 2,607
10 イタリア 2,480

 

世界の商標出願(商標区分数ベース)トップ10

国・地域 件数
1 中国 1,418,251
2 アメリカ 412,014
3 欧州共同体商標意匠庁(OHIM)注2 303,663
4 フランス 288,540
5 ロシア 209,483
6 ドイツ 205,961
7 インド 198,547
8 日本 189,217
9 トルコ 184,939
10 韓国 174,297

 

世界の意匠出願トップ10

国・地域 件数
1 中国 521468
2 韓国 56524
3 日本 30805
4 アメリカ 30467
5 欧州共同体商標意匠庁(OHIM)注2 23137
6 トルコ 9007
7 インド 8216
8 台湾 7736
9 ドイツ 6290
10 オーストラリア 5966

注1:欧州特許庁(European Patent Office: EPO)は、欧州特許条約(European Patent Convention)に基づき設立された地域特許庁である。EPOへの1つの出願により、EPC加盟国(2010年10月現在38ヶ国)のうち指定され た国で特許権を取得することができる。

注2:欧州共同体商標意匠庁(Office for Harmonization in the Internal Market (Trade Marks and Designs) :OHIM)は、欧州連合の専門機関の1つである。OHIMへの1つの出願により、EU加盟国(2010年12月現在27カ国)で登録を受けることができ る。

この表で見るように、中国はいずれの分野でも世界トップになっている。特許を除く実用新案、意匠、商標の3つの権利については、断トツもいいところであり、2位以下を寄せ付けない件数になっている。

しかも中国の場合は、この10年間でどの権利についても激増したことが特徴だ。たとえば特許について、日米欧中韓の5極の過去10年間の出願推移をみると明らかだ。

グラフで見るように2,001年には、5極の中の最下位だった中国が、10年後にはアメリカに次いで2位になり、翌年の2011年には、ついに世界トップとなった。特許史上、このような国はない。

これは1990年代から始まったIT(情報科学)をツールと手段とした第3次産業革命で最も影響を受けた国だからであり、今回の産業革命の覇者として中国がなるかどうかは、これからの技術革新にかかっている。

中国のこの勢いはまだまだ衰えず、3年後の2016年には、中国の特許出願件数は160万件内外に達し、日本の6倍以上になると予想している知財関係者もいる。

 

中国の独自の制度による知財振興

中国の4つの権利のうち、特許はさておき、実用新案、意匠、商標のいずれも世界の標準的な制度とは違っているものであり、国際的な比較をそのまま適用できるかどうか論議が分かれている。

特許に代表される産業財産権の付与は、それぞれの国の戦略であり国際的な標準はあくまでも一つの標準でしか過ぎない。途上国から一挙に先進国へと目指す中国が、政策的に自国有利の知財政策を進めたとしてもおかしくない。

例えば無審査登録制度であり、特許出願と全く同日、同一内容、同じ出願者を認めるという特異な制度になっている中国の実用新案権は、出願・ 登録されれば権利は付与される。実際、たった1件の実用新案権の侵害訴訟で約20億円の賠償支払いを受けたフランスの電機メーカーもある。

一審で約50億円の損賠支払いを命じられて訴訟に負けたフランス企業が、控訴する過程で無効審判をかけたが、これに負けることがはっきりしたため、 急いで和解に応じておよそ半値以下の賠償支払いで決着した。判決に至ると一審の賠償額の支払いを命じられることを恐れたのである。

このように中国には独自の知財戦略と知財制度があるから、中国で活動する外資系研究機関や外国企業は当然、中国の知財制度に熟知していなければならない。そうした中国の特別な知財環境の中で、中国の先端研究はどのようにして権利取得に動いているのか。

このシリーズでは、いくつかのカテゴリーに分けて分析して行きたい。林氏の著書にある先端科学技術分野の知財の動向と分析が最も望まれるところだが、これを調べるには膨大な時間と費用がかかるので、できる範囲から始めてみたい。

 

中国の国家戦略としての知財政策

中国が次々と打ち出す国家知財政策は、年を追うごとに拡充している。最初に知財重視を掲げたのは、改革開放政策によって中国の近代化を促進した鄧小平・元国家主席だった。彼は、「中国は世界の科学技術の先端に、必ず一席を確保しなければならない」と奨励していた。

さらに後に中国国家知識産権局のトップとなった田力普氏が、2007年4月23日に発表された中国国家の科学技術発展の中長期の計画の中で「国民の発明専利の数は、中国が創新型の国家に入るかどうかの重要な指標」とし強調した。

そのとき、知財活動の指標として第一は出願件数、第二は登録件数、第三は特許発明であるとした。知財全般のことを語り、3番目に特許をあげている。 知財内容の質の問題はさておき、中国は知財出願は8年連続20%代の増加を実現しており、田氏の語った重点指標は達成されていることになる。

さらに田氏は、中国今後5年間の特許の発展についての主な目標として、①国内特許発明の年間登録査定数は世界第二位に入り、②人口100万人に対しての特許発明の保有率は3.3件に増加させ、③海外への出願件数を倍増させることを掲げた。

これを受ける形で 2008年06月5日に発表された国務院の「国家知識産権戦略綱要」の中で次のように目的を定めている。

「中国の知的財産権の創造、利用、保護および管理能力を向上させるために、イノベーション指向の国を構築し、裕福な社会の構築を達成するため本綱要を制定する」

2011年10月、「国家知識産権事業発展第12回の5年計画」を公布したが、これを実施した3年後に、田力普(国家知識産権局局長)氏は次のように見解を表明した。

16文字の方針:革新の激励、法的保護、科学的管理、有効活用

「知財の発展⇒経済発展のモデル転換⇒イノベーション国家の建設」

その成果として、①戦略的な高さから知財を捉える、②協調を強化し力を合わせ、③市場に着目し、戦略を革新及び経済発展モデルの転換の加速に役立たせる、④継続的な知財教育を通して知財の社会的な環境をよくする。

さらに、「国家の中長期的な人材開発計画綱要」、 「国務院戦略的新興産業の育成と発展の加速に関する決定」、「国民経済と社会発展第十二次五ヶ年計画」などを発表し、知的財産を重要な課題として掲げている。

トムソン・ロイターは、2011年12月21日次のような研究発表を行った。

中国は、「中国製造」から「中国設計」に転換する意気込みである。中国政府は特に、自動車、医薬品及び化学分野の業界発展を強く望んでいる。

2006年から2010年まで、中国の特許出願数は17.1万件から31.4万件まで増加し、平均16.7%の成長を果たした。2010年の出願人のうち、中国国内は73%を占める。2006年には国内の出願人は52%に満たなかったが大きく増加させた。

このような知財活動を見ても中国は着々と近代化への道を歩んでいるように見える。もちろん中国には課題も問題点もあり、そのことにも触れていきたい。

次回は中国の大学の知財について分析してみたい。

参考サイト情報

*2007年4月23日の田力普氏の見解
*2011年11月9日の 田力普氏見解
*2008.06.05 国務院 「国家知識産権戦略綱要」の発表
*2011年10月、「国家知識産権事業発展第12回の5年計画」
*2011年12月21日のトムソン・ロイターの発表

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