コラム

中国の意匠権をめぐる知財戦略を考える ~日本知財学会の発表からの報告~

6月19日、20日に開催された今年の日本知財学会は、 多くの成果を残して幕を閉じた。筆者の勤務する東京理科大学知財専門職大学院の馬場研究室関係の発表演題は、11本にのぼったが、その中から発明通信社と の共同研究の成果を発表した中国の意匠権をめぐる課題について紹介したい。

このテーマの研究は、2008年12月の中国専利法(特許法)の第3次改正、2009年10月の改正特許法の施行、2010年の改正特許法の審査指南(審査基準)の施行など一連の中国知的財産権の改正を受け、現状を検証しようとしたものだ。

中国特許法は、特許、実用新案、意匠の3権を一まとめにしたものだ。その中でも意匠権についてはあまり知られていないこともあり、2010年に入ってから筆者の研究室の中国人研究生、楊威(ヤン・ウエイ)さんと発明通信社のスタッフとの共同研究を進めていた。

日本知財学会では、その成果の一部を「中国意匠制度・出願から見た知財戦略の課題」として楊威さんが代表して発表したもので、いずれ論文としてまとめて学術誌などに発表する予定である。今回のコラムは、学会発表の内容の概略を報告する。

中国の意匠の現状と専利法改正

中国の特許、実用新案、意匠、商標の出願件数が急増しているが、中でも中国の意匠(中国語では外観設計)の出願件数は、2002年からドイツを抜いて世界トップになり、2009年は約231,700件の出願数に達した。これは日本の出願数の約10倍である。

中国意匠年度別出願数推移表
(2010年1月 現在)

発明通信社調べ

中国の意匠制度は日本と異なり、実体審査はなく方式審査だけの無審査登録制度である。中国語で「外観設計」と言うためか、中国では文字通り外観設計 であれば意匠権をもらえるとの認識を持っているようだ。意匠権を登録した後、それを活用したり保護する意識が先進国に比べて希薄であり、何のための登録、 権利取得か疑問視されるものも少なくない。

たとえば公開番号CN300752609の「挂件(鬼谷子兵法)(掛け軸)」は、写真で見るよう に竹をすだれ状に作成した掛け軸である。これは工芸品かもしれないが、量産して販売するものとは違う。日本では量産可能なものでなければ意匠権の対象には ならないが、中国ではこのようなものでも意匠として登録されている。

公開番号CN30101201は、「工芸品」という名称で登録されている。日本ではこの物品名では意匠権の保護対象にはならない。こうした実態から、中国の意匠登録には「ジャンク意匠」が多いとして国際的にも問題視されている。

中国の意匠法の特徴

日本と中国の意匠法の最大の相違点は、審査のあり方である。日本では実体審査があるが中国では方式審査であり、実際には無審査である。保護期間も中国では出願から10年だが、日本では設定登録から20年間である。

また、日中の意匠権の相違点をみると、まず意匠の定義があげられる。日本では「物品(物品の形状を含む)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であっ て、視覚を通じて美観を起させるものをいう」としているが、中国では「製品の形状、模様またはその組み合わせ及び色彩と形状、模様の組み合わせに係わる、 美観に富み、工業的応用に適した新しいデザインをいう」となっている。

中国の改正特許法によって、意匠の登録要件も日本の要件に近づいてはきているが、まだ不透明な部分も多い。たとえば創作非容易性として、日本の意匠の進歩性に類似する要件が追加されたものの実体審査ではどのような判定をするかは未知数である。

また中国では部分意匠を認めていないため、日本企業にとってはまだ不満の残る改正内容であり、国際的にみても不満足な内容である。

日本知財学会で発表する東京理科大学知財専門職大学院2年、楊威さん

日本知財学会で発表する東京理科大学知財専門職大学院2年、楊威さん

判例から見た中国の意匠権をめぐる検証と今後の戦略

中国には、VCDというメディアがある。中国だけで普及した規格で記録された音声・映像用のCDである。1995年11月、ソニー・コンピュータ エンタテイメント(ソニーエンタメと略称)は中国でプレイステーションを販売するため、そのプレイヤーの意匠登録を行った。ところが2000年4月、中国 のVCDプレイヤーを製造する広東省の広東歩歩高電子工業有限公司(歩歩高と略称)が、外観がそっくりのプレイヤーを意匠登録してきた。

ソニーは中国特許庁の復審委員会に対し、歩歩高の意匠権は無効であると提訴し、復審委員会はそれを認めて無効と審判した。ところがこれを不服とする歩歩高が北京市第一中級法院に、復審委員会の審判を取り消す訴えを起こした。

同法院は、2002年3月、ソニーエンタメは 「コンピューターゲーム機」の意匠であり、歩歩高は「VCDプレイヤー」の意匠である。物品が違うので無効にはあたらないとして無効とした審判を取り消して、歩歩高の権利を認めた。

ソニーエンタメはこれを不服として上訴した。その理由は「たとえ物品の種類が違っていても、著名な物品と類似している場合には、意匠権は無効とみなされる べきである」 としたが、これも認められず最終的にソニーエンタメは敗訴した。これは改正前の審査基準をもとに司法が判断したものであり、今回の改正後に はどのように判断するかが日本企業にとって大きな関心事になっている。

左が歩歩高のプレイヤーで右がソニーエンタメのプレイヤー

左が歩歩高のプレイヤーで右がソニーエンタメのプレイヤー

さらに学会発表では、特徴がないビンや箱に自社のブランドラベルを貼るだけで意匠登録しているケースを取り上げた。

このよ うな意匠は、改正後には登録できない可能性がある。中国意匠の登録要件がより厳しくなってきたと理解されているからだ。たとえば、「既存の設計又は組み合 わせは、意匠権の保護対象から除外」することになっている。また「従来意匠や従来意匠の組み合わせと比較して明らかな相違がなければ、創作非容易性がな い」とすることになっている。

さらに「中国の審査基準(審査指南)では、非類似物品への転用意匠や寄せ集めの意匠も創作非容易性のない意匠として例示している。

このような登録要件や審査基準を見ると、先に検証したソニーエンタメと歩歩高の争いでは、歩歩高のVCDプレイヤーは、 既存の設計を非類似物品への転用したものであり、創作非容易性が認められないことになるのではないか。

また、従来意匠や従来意匠の組み合わせと比較して、「明らかな相違」がないものは、意匠権は認められないとしているので、特徴のないビンに商標を貼り付けたような意匠は認められないことになるだろう。

日本企業の中国での知財戦略について楊威さんと発明通信社のスタッフは、さらに研究を広げていく意向を示しており今後が楽しみである。

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