中国が知財強国に舵を切った理論構成
王滬寧(おう こねい) 中国共産党中央政治局員の指導か
「ニセモノ大国」の蔑称を捨てる国家政策の急進展
中国はこの20年間に知財政策を急進的に改革し、
2035年までに知財強国を建設するとの国家政策を2021年に発表している。
特に4年前の2019年から知財保護への政策を次々と発表しており、
それを追随するかのように特許出願でアメリカを追い抜き、
PCT出願でもアメリカと肩を並べるまでになってきた。
日本など目ではないという快進撃だ。
20年前にはニセモノ大国として世界の先進国から名指しで糾弾され、
中国製の工業製品は、特許侵害によるニセモノか、粗悪品というレッテルが貼られていた。
まさかそのニセモノ大国が、たった20年間で知財大国に変貌するとは当時、世界中で誰も思わなかっただろう。
筆者もその一人だ。
しかし中国国家知識産権局上海事務所の幹部は、ニセモノ取材に行った筆者に対し、
「いつまでも中国が、ニセモノ製造の国にとどまることはない」という確たる思いを語ったことがあった。
中国が欧米先進国の背中を追い、いつか追いつき追い越すための理論的政策リーダーとなったのは、
中国の人たちに聞くと、現在の共産党中央政治局の王滬寧(おう・こねい)政治局員だという。
王政治局員は、江沢民・胡錦涛・習近平政権を理論面で支えた理論家であり、
復旦大学教授から中央政治局員になった異色の政治家である。
中国を目覚めさせた屈辱の先進国へのロイヤルティ
2001年にさかのぼる。その年、中国で生産されたDVDプレーヤーは、約1100万台とされている。
DVDプレーヤーの製造には、約200個の特許技術を使用しなければならない。
しかしそれはすべて先進国の特許であり、中国特許は1件もなかった。
しかし中国企業はそれを無視して、DVDプレーヤーの製造をし世界中に販売していた。
当時、中国には大小100社を超えるDVDプレーヤーの製造企業があったが、
国内販売よりも売上・利益の高い輸出に力を入れていた。
特許を侵害して製造物を作って売るのは、非常にうまみがある。
開発費がゼロであり、特許権への支払い料(ロイヤルティ)がゼロだから、販売価格を低価格に設定できる。
それが最大の競争力であり、世界の市場を席巻した。
DVDプレーヤーの市価は、100ドルを超えていたが
中国製はそれの3分の2程度に抑えているから、アメリカでバカ売れしていた。
ソニーなど日本メーカーも製造してアメリカに輸出していたが、
中国の模倣品プレーヤーに市場を荒らされてあっという間に競争力を失った。
日本企業の損害額は、5千億円内外と言われていた。
怒った日米のメーカーがアメリカで特許侵害の訴訟を起こすが、
訴訟では時間がかかるし侵害を立証するには費用も掛かる。
しかも特許技術は、いくつもの企業に分かれていて、それぞれの企業が訴訟を起こしているのでは効率が悪い。
そこで日本、韓国と欧米のDVDプレーヤー製造企業が集まり、集団で中国の模倣品に対抗することにした。
まずソニー、パイオニア、フィリップス、LGが1つのグループになった。
ついで、松下電器産業、東芝、日立、日本ビクター、
三菱電機、タイムワーナー、IBMのグループが2つ目のグループになった。
中国には、DVDプレーヤーのメーカー約100社が集まる業界団体、中国電子音響協会(CAIA)がある。
2つのグループは、CAIAに対し特許ロイヤルティの支払いを求めた。
しかし交渉はなかなか進展しない。証拠はあるかと開き直られ、それを立証するのは時間がかかる。
そこでメーカー側は、別の戦略で対抗した。
DVDプレーヤーを販売しているアメリカ大手の量販店、ウォルマート、ベストバイ、シアーズなどに働きかけ、
特許侵害の中国製品を販売しないように働きかけた。これが効いた。
特許権侵害品を販売するのは社会正義に反する。
消費者にそのようなイメージが広がると他の商品販売にも影響を及ぼす。
そこで大手量販店が中国製の販売をやめる方向へと向かっていく。これには中国側が慌てた。
中国の国家イメージが悪くなるだけでなく、中国メーカー全体が侵害製造企業として世界から疎外されかねない。
中国側は、DVDプレーヤー関係のロイヤルティ支払いに応じ、最終的には1台、3.5ドルの支払いで折り合った。
その総額は、数百億円にのぼった。この金額は丸々の純益に相当するものだ。
こうした特許紛争を体験して中国側の価値観が変わり、政策転換にはずみがついたのではないか。
新しく技術開発して権利を確立すれば、ロイヤルティという純益を得ることができる。
そのためには自国・国内企業が新技術を開発して特許権を取得し、先進国の企業に使わせてロイヤルティを稼ごう。
こうした考えに急速に傾いていく。眠れる獅子が目覚めた瞬間だった。
当時の中国の知財関係者は
「中国は先進国企業のロイヤルティ収益を見て、自分たちもあのようになりたいと思った」と率直に語っていた。
例えば10億円のロイヤルティが入ってくることは、利益率10%の製品なら100億円の売り上げと同じになる。
開発費にコストがかかっても、成功すれば人材と技術力という財産が残る。
中国は、こうした計算からまず、人材育成へ向かって大学の理工系強化に力を入れ、
技術力で得た成果を特許で囲い込む知財戦略の強化に向かった。
国家の最大目標の一つと位置付けた知財戦略
中国が知財強化を国家目標として位置付けたのは2008年に国務院が発表した「国家知的財産権戦略綱要」である。
知財政策の長期計画を具体的に示したものであり、これを2021年に13年ぶりに更新している。
この5年間に中国が打ち出した主な国家知財戦略を振り返ってみると次表のようになる。
長期目標を2035年にしているのは、
中国の経済・社会政策「第14次5カ年(2021~2025年)規画と2035年までの長期目標綱要」(2021年3月に発表)の
長期目標年に合わせたものと言われている。
こうした重要政策の基盤を作ったのが王滬寧(おう・こねい)政治局員とされている。
王氏は、中国を世界の強国にするべきとする理論構成の中心にいるとされており、
「新権威主義」の理論構成の中心にいるという。
胡錦涛時代に打ち出した「科学的発展観」の起草に直接参加したとされており、
アメリカが最も注視している中央政治局員の一人ともいわれている。
中国のこうした政策で最も優れているのは「継続性」である。
いったん打ち立てた政策は、途中で更新しながら進展させていく政治力は、日本が見習ってほしいものだ。
中国の知財戦略は今後も発展して、アメリカの先を行くことになるのではないか。