世界の標準化を目指す中国の知財司法のIT化戦略
度肝を抜かれた中国の知財AI化戦略目標
中国最高人民法院が昨年末の12月9日に公布した
「Al(artificial intelligence、人工知能)の司法における活用の規範化と強化に関する意見」には、
世界の多くの知財関係者が度肝を抜かれただろう。
前文からして、中国の知財のAI化に取り組む意気込みが感じられる。
前文を整理すると以下の通りである。
・党の第20回大会の精神をより一層学習・貫徹する。
・習近平法治思想をより一層貫徹する。
・「中華人民共和国の国民の経済・社会の発展に関する第14期5か年計画」及び
「2035年長期目標綱要」及び「新世代AI発展計画」をより一層貫徹する。
・AIと司法業務の高度の融合を推進する。
・スマート法院の構築を全面的に深化させる。
・ハイ・クオリティのデジタル司法に注力して創造する。
出だしの3項目は中国共産党を基軸にした政策立案の意気込みだから、いかにも中国らしい熱気を感じる。
後半の3項目が、この時代の先端を目指したAI知財司法への大目標である。
知財の囲い込みは、技術開発の最後の砦になる。
技術開発が弱ければ、知財の仕組みをいくら強固なものにしても、砂上の楼閣となって全く意味がなくなる。
過去20年間の中国の知財システムの取組を見ていると、研究開発でも世界の先端を行くことを明確に認識し、
その成果を効率よく権利化して競争力を確保することを目指していることがよくわかる。
中国の競争相手はアメリカである。
それが分かっているからアメリカはますます焦りの色を濃くし、米中の覇権争いが熱をあげてきている。
目標を明確に掲げて継続していく中国
中国は共産党一党独裁の政治体制であり、
最近は国際的な覇権活動が目に余るとしてアメリカなど外国との軋轢がたびたび指摘されている。
しかし、国家をあげて一丸となって研究開発に取り組み、
知財システムを進化させて権利化して競争力をあげていくという政策では、
中国の国家体制がよく合っているように見える。
今回の「意見」で最初に掲げた目標をみると、
「2025年までに、比較的完備された司法AI技術の活用体系を基本的に確立する」としている。
そして「人民のための司法と公正な司法のために全方位型のスマート・サポートを提供する」とうたっている。
「裁判官の事務的業務の負担を顕著に軽減させ、廉潔な司法を実効的に保障し、
司法の管理レベルを向上させ、社会管理の促進を創出する」と続くのもいい。
中国はすでに紙ベースからIT化によるデジタル化に脱却しようとしており、
「2030年までに、モデルルールと活用モデル例を備えた司法AI技術の活用・理論体系を確立する」という。
これを実現するためのAIサポートの提供や普及を掲げており、
何よりも「裁判官の事務的業務の負担を大幅に軽減させる」と言う。
これによって「廉潔な司法を高効率で保障」とうたっているのもいかにも中国らしい。
中国では地方の裁判所の判断は必ずしも公正ではなく、透明性にも欠けると指摘されることがあった。
AI化になれば、そうした不透明な裁判は排除され、効率化にも寄与することを目指したものだろう。
中国は短期・長期共に目標を掲げることが好きな国である。
国務院が中心になって施策を進めているが、いったん目標を定めるとそこへ注力する実行力がある。
つまり目標に向かって継続的に施策を取り組んでいく国家である。
日本のように政権、内閣が変わると継続性がなくなり、
いつの間にか「空中分解」しているような研究開発、知財行政とはかなり違う。
そうは言うものの、中国がすべていいわけではない。
「意見」でも基本原則として「安全性と合法性の原理」の個人のプライバシー保護、
インターネットやデータのセキュリティの重要性に力点を置いており、
公平性と公正性の原則を特に強調している。
これはAI化によってサービスの差別化と偏見を防止しようとするものであり、弱者にも配慮するとしている。
日本の知財司法のIT化はどうなるのか
日本でも特許明細書の記述や発明の検索などでAIを活用する試みが企業で始まっている。
しかし司法の制度や仕組みに、中国と似たような大胆なAIシステムを導入する動きはない。
全般的に日本ではAI、ITシステムへの転換が遅れ気味だ。
日本ではあらゆる制度仕組みがそれなりに出来上がっていたため、
デジタル社会への準備と対応が後手、後手に回ってきた。
一方の中国は、途上国であったために社会インフラが未整備であり、
デジタル化に取り組むことに抵抗なく入ることができた。
筆者は、1990年代に中国の遅れている地方へ取材に行く機会がたびたびあったが、
有線電話がない地域ではいきなり携帯電話が普及しており、その勢いはすさまじかった。
北京・上海のような大都市でも
携帯電話を販売する店舗が大通りにほぼ100メートルおきに出現するほどの一大ブームであり、
瞬く間にデジタル化の波が押し寄せた。
紙幣を使わないデジタル貨幣社会は、日本をあっという間に追い抜きデジタル社会への大転換を実現してしまった。
日本は中国の背中を見ながら改革へ取り組むことになるだろう。これが現実である。