レシピ・料理と知的財産権(下)
料理と知的財産権に関する話題の(下)を紹介します。
旧聞になる話もありますが、食と知財という観点から整理してみました。
筆者が真っ先に思い出すのは、
東京理科大学知財専門職大学院の教員時代に出会った
東京・墨田区のレストラ・カタヤマの経営者、片山幸治さんのステーキと特許の話です。
弁理士会の方から紹介されて「特許ステーキ」を食べに行きました。
格安で美味しい特許ステーキを食べる
ランチ時間や夕方から込み合うので、早めの時間に行って特許ステーキを注文しました。
ボリュームがあって安いので、人気メニューでした。
このステーキは、牛の「らんいち」部分の肉を加工して柔らかく美味しくしたステーキで、
1998年7月31日に特許登録(特許番号第2808253号)されました。
「らんいち」とは、ネットで見ると牛肉のサーロインに続く腰からお尻にかけての大きな赤身のことで、
赤身の中にも適度な霜降りが入り色々な料理に合う部位とあります。
しかし、筋があって固い部分もあり上等なステーキにはならない。
これを片山さんは独自の包丁さばきで、上等なステーキ肉にする方法を開発して特許にしました。
特許請求項1(要旨)
牛屠体のももより「らんいち」の肉塊を分割し、
この肉塊より脂身を切除すると共にこれを切開しつつその中の筋を完全に除去し、
肉塊をその筋目に沿って棒形状に載断し、この載断肉を筋目に直交して所要の厚みに輪切りし、
側方より押圧して一体に密着整形し、ステーキの調理工程を加えた「らんいち」を材料としたビーフステーキの製造方法。
何となくわかるような気がしますが、実際に肉を裁断するにはノウハウがあって、
簡単ではないと片山さんは語っていました。
私の研究室にいた大学院生を引き連れて、食べに行きました。
大変好評であり、漫画を描くことが得意な院生が、
早速、ステーキにも特許があるというお話を小学生にも分かるような4コマ漫画で描いてくれました。
冷凍枝豆特許紛争の勃発
ビールのおつまみの定番になっている冷凍枝豆ですが、1993年にニッスイが塩味枝豆の製品特許を出願し取得しました。
この権利があると冷凍枝豆を販売すれば特許侵害になります。
同業のニチレイ、ノースイ、ニチロを中心に8社が共同でニッスイの特許に対して「異議申し立て」を特許庁に出しました。
2001年、特許庁は8社の異議申し立てを却下、ニッスイの特許が維持され世に言う「枝豆戦争」が勃発します。
ニッスイは枝豆取扱業者全てに対して、特許使用料の支払い請求交渉を進めたからです。
ビールのおつまみの定番は冷凍枝豆です
これに対し、業界は3つに分かれます。
1. ニッスイの特許権を認めて使用料支払いを認める・・・・味の素、加ト吉等8社。
2. 使用料を払うのは嫌だが様子を見ようという日和見グループ・・・・商社、台湾企業。
先送りをしただけで、話し合いの可能性を期待したものだった。
3. 徹底抗戦グループ・・・・ニチレイ、ノースイ、ニチロ、マルハ、ライフフーズ、東洋水産の6社。
徹底抗戦グループの結成
徹底抗戦を宣言した6社グループは、特許庁に対し無効審判請求を求めます。
異議申し立てを却下した特許庁相手なので不利は否めませんが、
ノースイが先行して塩味枝豆を開発した実績を根拠に戦っていくことを基本戦術にしました。
一方、ニチロは製法特許を持っているのでこれを軸に無効審判をして行きます。
6社連合はニチロとそれを除くニチレイ・ノースイ等5社の2グループに分かれて無効審判請求をしたのです。
6社連合の無効審判請求に対して、ニッスイは東京地裁に特許侵害を根拠にした損害賠償請求訴訟を提起しました。
2002年3月に、ニチロに対して1億3千万円を要求する訴訟を、
同6月にノースイ・ニチレイに対しては1億7千万円を要求する損害賠償請求訴訟を起こしました。
結果は、地裁判決でニッスイが負け、
この判決の8日前に特許庁がニッスイ特許を無効とする審決を出したこともあってこの紛争は、事実上決着しました。
ニッスイは判決を不服として控訴しましたが、
これはニッスイ側が特許庁の審判審決に不信感を持ったために意地で出した控訴と言われました。
控訴でニッスイは負けました。
いきなりステーキの特許ドラマ
立食形式のステーキ専門のチェーン店「いきなりステーキ」は、
株式会社ペッパーフードサービスが運営するステーキ専門店です。
2013年12月に東京・銀座に1号店をオープンし、2019年には国内で400店舗以上を展開するまでに拡大しました。
ここにも特許があると聞いたときは、特許ステーキを思い出しましたが、
こちらはステーキ肉とは無関係で、ビジネスモデル特許でした。
つまりステーキ店を効率よく経営するためのビジネス方法の特許です。
2014年6月4日に特許出願され、特許庁の審査を受けます。
ペッパーフードサービス社側と特許庁とのやり取りで、特許庁からこの請求項では特許にならないと言われました。
お客さんの注文を受けてステーキを提供する手順は、
人為的に取り決めをするもので自然法則を利用しているものではないとして拒絶されたのです。
そこでペッパーフードサービス社側は、請求項に訂正を入れてようやく、
2016年6月10日に特許と認められ、登録(特許第5946491号)されました。
請求項1を読むと、非常に明快な内容です。
請求項1(要約)
お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、
お客様からステーキの量を伺うステップと、
伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、
カットした肉を焼くステップと、
焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップと
お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、
お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、
お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備えることを特徴とする、
ステーキの提供システム。
補正した請求項の最後の方の要約は、次の3点です。
1. お客様を案内したテーブル番号が記載された札
2. お客様の要望に応じてカットした肉を計量する
3. お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客のものと区別する印しを備える方法としたものでした。
この特許が公報されてから4か月後に特許異議申し立てが行われ、審判官による審理が行われました。
審判官とペッパーフードサービス社のやり取りから、同社は請求項を訂正しましたが、
それでも審判官は認めず、最終的にこの特許は認められないとして取消となったのです。
収まらないのはペッパーフード社です。
社内で検討した結果、特許庁の審決は間違っているとして、「取消しを取り消す」訴訟を知財高裁に提訴します。
知財高裁の判決は2018年10月17日でしたが、なんと特許の取り消しを取り消す判決を出し、
ペッパーフードサービス社のいきなりステーキのビジネスモデル特許を認めたのです。
ビジネスモデル特許が認められて意気上がる、いきなりステーキ
ペッパーフードサービス社HP(http://ikinaristeak.com/shopinfo/nerima-kasugamachi/)から転写
特許庁の審判でこの特許にある、札、計量機、シール(印し)を
単に道具として用いることが特定されるに過ぎないと判断していました。
ところが知財高裁は、札、計量機、シールが
他のお客様の肉と混同するのを防止するための技術的手段となっていると判断したのです。
いきなりステーキのケースは、料理法や肉そのものの特許をめぐるものではありませんが、
食や食材、献立の世界にも知財の権利問題が話題になってきたということで紹介しました。