パテントプール方式を成功させた デジタルネットワーク時代のビジネス ~アルダージ社設立10周年パーティ~
以前、この欄でも日本企業の知財経営戦略について辛口の論評を紹介したアルダージ(United License for Digital Age)社の中村嘉秀社長は、元ソニーの知的財産センター長、業務執行役員常務などを歴任、ソニーケミカル代表取締役社長になった方である。
中村社長は、2011年7月のアナログ放送終了とデジタルテレビへの全面切り換えに備え、デジタルテレビジョン放送に係る特許問題を一括して解決する方法を考え出して実行して話題となった。あれから10年経つ。
先ごろ、帝国ホテルで創立10周年記念パーティが開かれた。その中で中村社長から発表された、これからの特許ライセンスビジネス展開を紹介したい。
10周年パーティで祝辞を述べる加藤恒・三菱電機常務執行役
デジタル放送に切り替えた際に問題になったのは、アナログテレビからデジタルテレビへの切り替えであり、そのためにユーザーはデジタルテレビ受像機が必要になる。ところがテレビ受像機の製造には、多くの電機メーカーの特許が関連してくるので、製造するメーカーはすべての関連特許企業とライセンスを結ばなければならない。
多数の企業とライセンス契約を結ぶのは困難
受像機を製造するメーカーは、多数の企業とライセンス契約を結ばなければならない。これでは手間とコストがかさみ、不安定でもある。そこで中村社長は、関連特許をすべてアルダージ社に集め、同社との契約で、全て一括で処理できる特許ライセンス方法を考え出した。
ワンストップ・ライセンス方式である。10周年記念パーティで中村社長が発表した同社の活動内容は次のようなものだった。
中村社長はまずこの構想を実現するために、JVCケンウッド、シャープ、ソニー、東芝、パナソニック、日立マクセル、三菱電機の7社の均等出資でアルダージ社を設立した。特許権利を持っている企業は、現在20社にのぼっている。
アルダージ社のパテントプールの構成は、契約者がテレビ受信機メーカー、放送局など約300社あり、ライセンス活動で最も重要な特許料の回収率は、ほぼ100%に達している。
「日本で販売されているテレビ、携帯電話、カーナビ、DVD/BDなどの関連機器でアルダージ社のライセンスを取得していない機器はほぼ存在しない」と語り、場内にどよめきが広がった。
10年間の活動を報告する中村社長
このように新しいビジネスモデルが成功した背景について中村社長は次のように解説している。
まず第1に、「標準や規格に基づくデジタル時代の入り組んだ特許問題に対する危機感が関係者間で共有できたことだ」とあげた。
放送局、研究所、大学、外国企業など、特許のバーターに馴染まない特許権者が同社のパテントプールに加わったことが大きかった。
さらに「パテントプールにとって生命線である必須特許の判定を、日本知的財産仲裁センターという中立の機関が引き受けてくれたこと」も公正なビジネスとして評価された。
中村社長は「デジタル、ネットワーク時代には、技術標準にかかる特許に関し、最低限の協調は不可欠であるが、それを理解できる知財リテラシーが関係者にあったことも成功した一因」と分析した。
世界でも類を見ないユニークなビジネスモデルを構築できたことは「日本が事業と知的財産のバランスを本能的にとれる知財先進国であったことだ」と語っている。
今後の課題については、「特許問題処理に関する既成概念を乗り越えてネット時代の公平かつ合理的なライセンスの在り方を愚直に追求していく」と語り、「現行のテレビジョン放送を越えた4K、8K放送に対応したパテントプール構築を行う」と宣言した。
放送、電機、通信などの世界では、今後4K、8Kで実現される高精細映像技術に関係する全ての業界と協調し世界でも類を見ないワンストップ・ライセンスの実現を目指すとしている。
世界では、パテントトロール問題などでとかく特許をめぐる不公正で利益追求型の問題が注目されているが、アルダージ社のような特許権利協調方針でビジネス展開する日本型モデルの構築をこれからも是非、成功させてほしいと思った。