コラム

ノンアルコールビールの製造・販売をめぐる侵害訴訟に注目

飲料大メーカー2社によるガチンコ勝負

ノンアルコールビール(以下ノンアルと略称)の製造をめぐってサントリーホールディングスがアサヒビールを特許侵害で東京地裁に提訴した。飲料業界大手2社のガチンコ訴訟であり、知財関係者は非常に注目している。

飲食業界の知財は、業界関係者に聞くと「あってもなくてもいい権利」というほど軽く見られてきたという。ライバル社で売れ筋が出てくると、マネするのが当たり前という業界だとも聞いている。はたして今回の訴訟の行方はどうなるのか。

サントリーとアサヒのノンアルビールを買って飲み比べてみた。筆者は昔からノンアルビールのファンでいろいろ飲んでいたが、日本製のノンアルビールはまずくて飲めなかった。それが最近になって外国製が飲めないほど良くなってきた。

じっくりと味わって飲んだつもりだが、それほど差はなかった。侵害を争っているのだからそれはそれなのだろう。

サントリーの訴状によると、アサヒのノンアル「ドライゼロ」は、サントリーのノンアル「オールフリー」の製法特許を侵害しているとし、アサヒに製造・販売の差し止めと在庫の廃棄を求めたものだ。

最近、売り上げを伸ばし熾烈なシェア争いになっているノンアルをめぐる大手ビールメーカーの知財紛争であるが、訴えたサントリーがどこまで本気でこの訴訟に取り組むのか知財関係者の耳目が集まっている。

サントリーが侵害されたという特許は、「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」(特許第5382754号)である。

発端は2013年7月である。サントリーからアサヒに対し、ドライゼロは登録予定の製法特許を侵害しているおそれがあるとして、説明を求めてきた。

アサヒは、当該特許は無効理由があると主張、これに対しサントリーが反論し、ドライゼロの製法変更を含めた和解協議を提案したという。しかしアサヒはこれを拒否した。

「サントリーとアサヒ、訴訟前の熾烈な"抗争" ノンアルコールビールの製法特許を巡り火花」東洋経済 2015年03月20日 田嶌ななみ編集局記者)

結局、両社の話し合いは不調に終わりサントリーが提訴に踏み切った。この訴訟には多くの注目点がある。

損賠を求めずまず差止請求を主張

サントリーは、この訴訟で損害賠償請求をしないで、製造・販売差し止めだけにしている。損害賠償請求は、後日でもできるということだろう。もしこの訴訟に勝てば、後日、改めて損害賠償請求をアサヒに起こすことができる。

製造・販売差し止めが実現できれば、確かに相手側に与える打撃は大きいが、食品業界関係者の感想を聞いてみると、次のような推測が返ってきた。

損賠額は数十億円から数百億円になるだろうが、請求賠償金額が巨額になると印紙代も多額になる。たとえ勝訴しても、日本の裁判所の判決では損賠額が低い。そこで損賠請求よりも心理的打撃を与える製造・販売差し止めに絞ったのではないかという。

当該特許の無効審判はどうなるのか

次の注目点は、アサヒが対抗措置として出してくる当該特許の無効審判の行方である。特許の請求項が63あり一般的にはかなり多い方だ。弁理士に聞いてみる と生物、バイオ系ではこの程度の請求項の数はよく見られるし、製法の発明を請求項にして従属クレームを付けるとこのくらいになるという解説だった。

請求項の多寡と無効かどうかは関係ないが、このような大型案件の審判には、特許庁も相当なる気合いを入れて審判をしなければならないだろう。知財高裁や最 高裁を見習って審判部長が参加するとか大合議制の5人の審判官で審理するなど審判の仕組みを改革する機会ととらえてもいいのではないか。

審決の内容によっては、特許庁に対する社会的な評価が低くなり、特許庁の存在価値が薄まってしまうからだ。

第3の注目点は裁判所の訴訟指揮である。サントリーは製法確認のためアサヒに資料請求をすることは必至と思われる。しかしこれに対しアサヒは、営業秘密だとして応じないだろう。そのとき、裁判長が文書提出命令を出すかどうか。

日本の知財裁判では、このような訴訟指揮をすることはほとんどない。書面による判断が主流であり、実態が解明されないまま判決を迎えることは珍しくない。

和解で曖昧にすることがあれば知財立国とは程遠い

しかしこの訴訟は、和解で決着するのではないかという「危惧」がかなりある。「危惧」と言ったのは、日本の裁判所の和解では知財訴訟の司法の役割が実質的に機能せず、当事者間のあいまいな決着でお茶を濁したようになるからである。

日本の裁判は、世界の中でも和解が多いことで知られている。アメリカの裁判所は和解には介入しないというが、日本の裁判所は、むしろ積極的に和解に介入する。和解を強要・押し付けするケースも少なくない。

このような実態は、日本の裁判所の問題点を余すところなく実証的に論述した「絶望の裁判所」(瀬木比呂志、講談社現代新書)の133ページから書かれている。

特許の侵害をめぐる訴訟では、技術的に高度で専門性の高い内容を判断しなければならないので、裁判官はできたら判決を書きたくないという思惑が働くのではないか。裁判官のそのような意図を感じ取る当事者も少なくない。

和解で決着すると、その内容はほとんどが公表されない。これもまた問題である。しかし和解だと原告・被告・双方の代理人・特許庁など関係者はどこも傷がつかずに終わる。和解条項は当事者間だけの問題になり、世間は曖昧のままに決着したと理解したくなる。

特許紛争は当事者だけの問題ではなく、権利が生じているだけに多くの利害関係者が注目する司法判断である。世間に対して明確に示せるような解決方法が出せないなら、最初から提訴などしない方がいい。

原告のサントリーは特許の権利をしっかりと主張し、司法も厳正に判断した判決を出すことをしなければ、日本の知財立国は存在感がなくなり、国際社会から取り残されていくだろう。

特許を守らない国には、特許の出願をしないと外国の有力企業は明言している。日本の業界のムラ社会の知財権利なら特許を取得する意味がなくなる。そのような社会には有力なベンチャー企業は生まれないし産業技術の国際競争力は減退していくだろう。

サントリーの毅然とした対応を期待する。

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