コラム

ノルマ

私はノルマという言葉には、あまり良い印象は持っていません。

私の伯父が大変なノルマをさんざん果して来たからです。伯父は第2次世界大戦で、現在のロシアに抑留されていたのです。凍った土地を切り開き、鉄道の線路 を敷設する仕事をさせられたのです。毎日がノルマの連続で、相当苦労をしたようです。私が小学校の頃に、一度だけ抑留の時の仕事の中身と、その日ごとに厳 しい割当を与えられた。これがノルマというんだと聞かされた記憶があります。

ノルマはもとはラテン語から来ているらしいのですがロシア語です。

人はちょっとすると、楽をする方向に行ってしまいます。仕事でも勉強でも、スポーツでも続けると楽をする方向に行くものです。

新しい事や興味がわく事には、少々無理をしてでも挑戦するものです。しかし、これが慣れて来ると楽をしてしまいがちです。もっとも、いかに楽をするか、人 手が少なくて済むかといったことを一生懸命に考えることにより、素晴らしい発明が生まれることもありますから、この楽をしようという願望も悪いばかりでは ありません。

ノルマはある時は効果を上げますが、ある時は弊害を伴います。先程も述べましたが人間、どうしても楽をしがちです。こうした場面では効果を発揮します。しかし、これが私の伯父のような状況になり、「人間の限界」や「常識の限界」を越えると何かと問題が生じてきます。

私はこうした限界は、常に変化するものと思っています。だから、ノルマが一概に悪いとはいいませんし、ある時は設けるべきものと思っています。

つまり、世間の常識や現在おかれている立場から見て当然と言える、適度なノルマは管理目標として当然あるべきものと考えています。ストレスが適度な刺激に なって身体の新陳代謝や健康の維持増強に役立つが、過ぎると病気を誘発したり、健康を損ねたりするのに似ている気がします。

ノルマというとどうしても、それを達成したかどうかが測定されます。これは何らかの形でディジタルな数値の形で表現されることが多いでしょう。そこに、一 つの問題が発生します。中身を見ずに数値だけを追ってしまう傾向です。抑留労働者もそうだったようです。今日は何メートル進めといわれればそれが過大なノ ルマであれば、何とかその数値に至るように努力します。しかし、努力の限界を越えたことが起こると何が生ずるかと言えば手抜きです。数合わせをやってきま す。こうした現象が出てきたときがノルマの見直しをするときなのでしょう。

数値目標は、数値の達成だけでなく、中身をチェックしないと・・・えらい無駄なことが発生する事にも成りかねません。

今、ある企業体の知的財産を本格化するための、体制整備を行っています。そうした中で現在の組織に求められているのは的確、適正、妥当なノルマだと考えています。何だか、違った目標に努力しないように適確な目標が必須だと思うこの頃です。

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