コラム

コロナ禍と知財問題

コロナウイルス感染者数が、7月に入ってまた増加してきた。PCR検査が普及してきたので感染者数が増えるのは当たり前という見方もある。しかし感染者数が多くいるということは、コロナウイルスが相当に蔓延しているという見方も間違いではないだろう。

インフルエンザウイルスと同じようにとらえていたが、感染力や重症化して死に至る急進的な悪化などは、相当に怖いウイルス疾患ではないかと思う。しかもインフルエンザの場合は、夏に入るまでに流行の峠は越えて沈静化するのがこれまでの流れだったが、新型コロナウイルスはそういう流行形態とも違うようだ。

知財の権利開放の輪が広がる
先ごろ、日本の多くの企業がコロナ禍関連の知財(特許、実用新案、意匠、商標、著作権など)をすべて無償で開放すると宣言して話題になった。コロナ禍の病態への医療対応は、特効薬やワクチンの開発の治療・予防という基礎医学の分野、発祥した患者の医療に使う医療機器類の分野、マスクやウイルス防御衣服など予防医療類の分野などに大別される。どの分野でも多くの特許が関与していることは想像できるが、差し当たって求められているのは、特効薬とワクチンの開発である。しかしこれは簡単には実現できない。臨床治験があるため、相当なる時間が必要になる。

約90社の日本企業・大学らがコロナ禍知財の権利開放に名乗りを上げ、その対象特許だけで約91万件に上っている。
「COVID対策支援宣言」:https://www.gckyoto.com/covid19
このような行動はかつてないものであり、コロナ禍を克服するために社会全体が団結して立ち向かうということでは結構なことである。ただ、実際にこうした知財権利が、どの程度利用されてコロナ禍対策に生かされるかは、全く未知数でありこれからどうするかという課題が残されている。

強制実施権の動きも広がる
こうした動きと同時に、世界では知財権利の強制実施権を主張する動きも広がっている。これはWTO(世界貿易機関)の協定でも認められている制度であり、日本をはじめほとんどの国の特許法でも導入されている。これは非商業主義で生産する場合は、特許権利者の承諾を得ることなく自由にその技術を使うことができる制度である。

特に人命にかかわるような感染症や難病が広がってきた場合、特許で囲まれた高価な薬剤は裕福な人だけ購入して助かるのではなく、どこの国民でも等しく恩恵を得るために特許権利を強制的に無視してその薬剤などを安価に製造したり輸入することが可能になることになる。主として途上国、後発国がこの制度の恩恵を得ることになるが、先進国に比べて医療システム、治療・予防体制が遅れているからやむを得ないことになるという考えだろう。

一方で医薬品開発には巨額の投資が必要であり、開発費を回収するために薬価が跳ね上がるのもやむを得ない事情がある。しかしこれでは、お金持ちの一部の国や階層だけが恩恵を受けるだけであり、人類の福祉にはならない。こうした矛盾を超えるために、途上国では強制実施権を発動して特許技術を自由に使って医薬品を開発したり、安い後発品を輸入することをしてきた。

きっかけはエイズだった
1980年ごろからアメリカで広がった後天性免疫不全症候群(AIDS、エイズ)は、血液や精液、体液などから感染するウイルス病であり、有効な治療法がなく罹患したらやがて死に至る感染症として世界的に恐れられた。

このときエイズによく効く薬剤を後発薬として作るためにインドが強制実施権を発動して自国でこの薬剤を製造する道を開いた。その後インドは、がん治療薬でも強制実施権を使って安価に後発薬を製造して販売する方法を続けており、がん治療薬の場合は、特許権利者のドイツのバイエル社と交渉して安価なロイヤルティ料率で特許技術をつかっている。

今回のコロナ禍では、ドイツ、カナダなどでは、強制実施権を許容する制度を急きょ実現するなど具体的に動き出している。またアメリカでも、特許権のために薬剤が高価になり、特定の人だけが治療を受けるのはよくない。必要な人がすべて使えるような制度にするべきとする要請が、米国議会の議員約50人がトランプ大統領に要望している。

イベルメクチンの場合
アフリカ、南米などの熱帯地方で広がっていたオンコセルカ症(河川盲目症)の特効薬は、北里研究所所長だった大村智先生が発見した物質、イベルメクチンを利用した薬剤「メクチザン」だった。

静岡県の川奈ゴルフ場周辺から採取した土壌の中に生息する微生物の産生する物質から製造した薬剤であり、メルク社と共同で開発したものだった。この薬剤は、錠剤として水で服用するようにしたため、あっという間に予防薬として広がった。大村先生とメルク社は、これを世界中に無料で配布することに決め、多くの人々の命を救った。
このときメルク社は、これを市販した際の売り上げ相当額を算定し、その金額は課税対象から外す恩恵をアメリカ政府か受けたとされている。そうでもしない限り、製薬メーカーとしては、開発したメリットがなくなることになる。

今回のコロナ禍でも、特許をはじめ知財権をめぐってコロナ禍に関連する薬剤、医療装置、予防服などの特許技術の開放をめぐってさらに成熟した方法が出ることを期待したい。

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