コラム

イグゾウ判決

「IGZO」の商標無効は国益に反する!?

IGZO(イグゾー)は、実現が極めて難しいとされてきたインジウム (Indium) 、ガリウム (Gallium) 、亜鉛 (Zinc) 、酸素 (Oxide) から構成されるアモルファス半導体の略称である。

1985年までさかのぼる。科学技術庁無機材質研究所の研究員だった君塚昇氏が世界で初めて結晶IGZOの合成に成功した。
1995年になって東京工業大学の細野秀雄教授らが、科学技術振興機構(JST)の創造科学技術推進事業 (ERATO) 、戦略的創造研究推進事業発展研究 (SORST)の助成を受け、透明アモルファス酸化物半導体として開発に成功した。

この半導体は、アモルファスシリコンの10倍以上の移動度を持ち,低温で容易に作成できる半導体である。次世代半導体として脚光を浴びることにな る。この技術の特許はJSTが持っており、日本の電子機器メーカーなどへライセンス交渉の声をかけたが、日本メーカーはどこも自社の材料で十分などの理由 で断った。 そこで2011年7月、韓国のサムスン電子へライセンス供与することになる。次いで2012年1月にはシャープにライセンス供与し、シャープがIGZO製 品を開発することになる。

シャープが開発したすぐれたIGZO製品

シャープはIGZOを使って高精細化やさまざまなディスプレイへの応用を実用化した。電子移動度とは、固体物質のなかでの電子の流れやすさを示す量 のことだが、IGZOは、液晶パネルなどで利用されている非晶質半導体・アモルファスシリコンに比べ、20~50倍の電流を流すことができるようになっ た。

さらにIGZOを採用した液晶ディスプレイは、従来よりも薄膜トランジスタの超小型化と配線の超細線化に成功した。シャープによると、1画素あたりの透過量を高めることができたので、同じ透過率であれば約2倍の高精細化を実現できたとしている。

また高く評価されているのは、IGZOによって低消費電力化が実現したことだ。IGZOは、電流がOFFの状態でも一定期間データの書き換えをせずに画像を保持できるので、ディスプレイの消費電力を5分の1から10分の1に節約することができるという。

そのほかにも、タッチ操作では、細いペン先のような線も認識できる超高感度化を実現し、なめらかな感覚で手書き入力が可能となった。日本発の画期的 技術として世界に誇るものである。いずれ世界のスマートフォンやタブレット型端末に使用されて、世界中にIGZO製品は普及していくだろう。

JSTが商標権無効を請求し知財高裁へ

シャープは、IGZO製品を富士通、ソニー、東芝、中国の北京小米科技などに供給することを相次いで発表し、2011年11月にはIGZO、イグゾウなどの商標権を取得した。 ところが、IGZOの特許を持つJSTが2013年7月、特許庁に対しIGZOの商標権の無効を請求した。理由は、IGZOはインジウムやガリウムなどからなる酸化物の略語のため商標になじまないというものだった。

特許庁は2014年3月、JSTの言い分を認めて商標を取り消す審決を下した。これに不満をも持つシャープは、2014年4月、審決取り消し訴訟を知財高裁に提起した。 知財高裁は2015年2月25日、シャープの請求を棄却した。
これが大まかな流れである。

無効審判と知財高裁でのJSTの主張は、多くのメーカーがIGZOに関する研究開発をしていたのに、シャープだけが商標として独占利用するのは好ま しくないというものだった。商標法では「商品の原材料を表示するのみの商標登録は認められない」としており、IGZOも原材料名の略称に相当するものだと した。

これに対しシャープ側は、「IGZOの技術で商品を量産、販売しているのは当社だけであり、当社の宣伝・販促活動によってイメージが定着した。当社の商標と認められることは合理的な理由がある」と主張した。

 

写真はいずれもシャープホームページ からの転載

 
http://www.sharp.co.jp/igzo/concept.html#section-tech

 

知財高裁の判決理由

これに対し知財高裁は、IGZOがインジウム、ガリウム、亜鉛、酸素からなる半導体の略称で、シャープが商標登録した2011年には半導体そのもの を指す用語としてエレクトロニクス業界で使われていた。これは商標法が認めない「原材料のみを表示する商標」に該当すると判断した。

また「商品取引の表示名として業界の誰もが使用を希望していた」ものであり、「特定企業による独占使用を認めることが公益上適当とはいえない」とし、無効と判断した審決は妥当であるとしてシャープの審決取り消し請求を棄却した。

IGZO商標が無効となっても、独占的に使えなくなるだけで、これまで通り製品名などに使うことは差し支えない。無効とされたのはあくまでアルファベットの「IGZO」であり、「イグゾー」など同社が持っている日本語の登録商標は無関係であり従来通り使用できる。

しかし筆者は考えた。IGZOはアルファベットであり、万国共通に使える文字である。「イグゾウ」など日本文字の表記とは違うものだ。

シャープは、イグゾー技術を使用した高精細で低消費電力の液晶パネルを製造し、その名称に「IGZO」を使ってきた。シャープのスマートフォン、タブレット端末、モニターの宣伝にも使い、「IGZO」はシャープの液晶事業のブランドそのものという位置づけだった。

そのIGZOが誰でも使えるということになると、韓国のサムスン電子、台湾の鴻海精密工業、中国のハイアールなどがIGZO製品にIGZOと銘打って世界の市場を席巻するような気がする。鴻海精密工業は、いずれこのような製造に参入してくるのではないか。

日本ブランドとして残すという考え

日本発の優れた技術成果が、世界中で使われるのはいいとしても、その発明を象徴するブランドとして商標登録したものを無効にすれば、日本発のブランドは失われ、世界中でIGZOが跋扈することになるだろう。

料簡が狭いという意見も出るだろうが、知的財産権の運用はどの国でも国家の重要な施策と位置付けられており、どの国にあっても自国有利の施策に取り組んでいる。

例えば特許の出願案件に対して、かつて中国では先進国企業からの出願はしばらく放置しておくと審査官が語っていた。審査する力量も不足しているし、権利として認めても自国の産業現場にとって有利になる要因はほとんどないというのがその理由だと聞かされたことがある。

アメリカは自国が有利になる知財制度を確立してきたということも言える。ただ法律解釈を曲げてまで自国優位に導くということまではできないということも言えるだろう。

しかしそれでもなお、商標無効の取り消しを求めたシャープの言い分を通し、IGZO技術は日本の技術であることを示すブランド名を認めるという視点 があってもいいのではないか。IGZOということばを示されて、それがすぐにインジウム、ガリウム、亜鉛、酸素の元素記号のイニシャルであり原材料を表示 していると思う人は、世界中でも皆無だろう。

このような視点は間違っているのだろうか。意見を聞きたい気持ちである。

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