コラム

ユニバーサルデザインと歴史の保存

「助けてー、誰か助けてー」
女性の異様な叫び声に思考が突然中断されたのは、仁王門通りと呼ばれる南禅寺から鴨川に続く通りを散歩中の事だった。
一方通行の細い通りながら、両側にいくつものお寺が立ち並ぶ京都らしい通り。
慌てて周りを見回すと、助けを求め叫んでいる高齢の女性と、何人かの通行人が同時に確認できた。
反射的に駆け寄って「どうしました?」と声をかけたものの咄嗟に行動するまでの僅かの間に、「これは大事に違いない、凶悪犯との遭遇になるかも、そこまででなくても誰かの命に係わるレベルの問題かも、自分の手に負えなかったら他に手を貸してくれそうな人は近くにいるのか」等々、去来した色々な思いを反芻しながらも、その女性がこちらに入って助けてとばかりに開け放しの玄関のドアの中に飛び込んだ。
女性は安堵の表情を浮かべるでもなく、たった今助けを求めた叫びとは対照的に抑揚のない声で一言「これが開かへんねん」、ドアを入った所にあったテーブルらしき台の上に置かれていたのは500ミリリットルのペットボトルの水。
驚かされた叫び声と実際の問題とのギャップにほっとしたものの、高齢のその女性にとっては深刻だったに違いなくその場でキャップをひねってあげた。

ユニバーサルデザインと言う言葉も定着し、低床バスや電車だけでなく自家用車等の乗り物からハサミや爪切り等の日常使いの小物類に至るまで、子供から高齢者、健常者からハンディのある方誰にでも使い易い方向に気が遣われている事は十分承知していた。

ただ、ほっとしながらペットボトルのキャップをひねった時、改めて考えさせられた。
たまたま、家人が留守だったのか一人暮らしだったのか、その高齢女性が水を飲む為必死に叫んだ通り、ボトルのキャップは彼女一人では回りそうもないどころか、まだ握力十分な私にも手ごたえがあり過ぎる硬さだったのである。

飲み物などに限れば、キャップや缶の開けやすさと、保管性・中身の安全性や生産性のバランス等を考慮してデザインされていると思うが、缶ビールを開ける時に指先や爪を痛めた経験者も多いはず。
どうしてこんなに開きにくくして有るのか、もう少し力が無くなってくれば一人では飲み喰いも出来なくなりそうだ等、常々抱いていた思いを改めて強く感じさせられた出来事だった。

建造物などに採り入れられている「バリアフリー」もユニバーサルデザインの概念に包括されている。
早くから住宅等にも取り入れられているコンセプトである。
京都はご承知の通り観光都市でその点では最もバリアフリーが望まれる場所である。
ここで暮らしながら町中を散策して見ると寺社仏閣には色々な工夫がされているが、その歴史的意味合いや景観上の制限からか、まだまだ健脚でないと動きにくい場所が多いように見受けられる。

かつて暮らした名古屋のシンボル名古屋城では老朽化と耐震性改善の為に、天守閣の建て替え工事中であり、忠実な復元の為に木造での再建築が進められている。
この復元に当たっては、天守に上がれるエレベーターを設けるかどうかで大議論になっていた事が思い出される。
折角、本来の姿を木造で忠実に再現するのに、その価値を毀損し兼ねない近代構造物の併設は好ましく無いとか、ユニバーサルデザインの観点から誰もが天守まで登り易くする構造にすべきだ、と言ったものであったと承知している。
個人的には、本物に忠実な木造であるにせよ、近代の構造物となる事は間違いないので、より多くの人の利便性を図れる物(この場合エレベーター敷設になるが)にしても良いのではと思っていた。
結局はエレベーターでは無く小型垂直昇降機の手段で便宜を図る方向が検討されているようだ。

改めて京都の古い町並みや建造物に心を寄せる時、歴史保存の観点、観光地の利便性整備の観点などから、今後この町は何を変えて何を頑なに守って行くのかとの思いに至る。
利便性の追求と歴史的価値の保存がトレードオフの天秤ならば、今それはバランスしているのか。

今回の衆議院解散総選挙で、ある政党の主張の柱が移民の制限である。
あるレベルの人数或いは比率を超えて、日本に移民が定着した場合、日本文化や日本らしさが不可逆的に壊されると言う主張のようだ。
ユニバーサルデザインと古い町並みのバランスを考えていた私には、利便性を追求し過ぎると、京都の歴史的価値が不可逆的に壊れてしまうかもと言う懸念に重なるようにも聞こえた。
かの政党の主張は少し心配し過ぎではと思う感もある。
ただ、私が涙を流して読んだいくつかの小説の中でも、唯一嗚咽をこらえきれない程感動した「永遠の0」を世に出した作家でもある方の主張だけに、どの状況が彼の心配する回帰不能点なのか真意を詳しく拝聴してみたかった。

ユニバーサルデザインの流れの下で利便性の追求や万人への思いやりの提供が進む事、外国人との共生の中で活力あふれる日本社会が続く事を願わない人は少ないはず。
ただそれにより従前の形の変容に対しての許容度(どこが回帰不能点か)には個々人大きな差があり、感情的な対立も生みやすい。

ボトルのキャップでお困りだった高齢女性の家から西方を望めば、鴨川を挟んで目の前にホテルオークラ京都が見える。
1991年から10年間近く、60メートルを超えるその高さが京都の景観を壊すとして京都仏教会が宿泊者の拝観を拒否する建設反対運動をした。
今ではすっかり町に馴染んで便利に使われているホテル。
この女性はどんな気持ちでその騒動を見守ったのだろうか。

fbシェア xポスト

Contact

まずはお気軽にお問合せください

受付時間:平日9:00〜17:00 03-5281-5511 03-5281-5511
お問い合わせフォーム